◆◆◆ 「アスラン、アスラン!」 自分より少しだけ背の高い少年がそう呼ぶのが嬉しかった。 「何?イザーク」 そして自分が返事をしてやるとぱぁっと顔を明るくして笑うから、自分の胸がドキドキするのが照れくさかった。 「あっちの木の下に猫がいたんだ!」 広いザラ邸の敷地の中には迷い猫がいても珍しくはないだろう。 「ほんとに?」 「うん、白くてちっちゃいのだった。捕まえられるかな」 イザークがこの家にやってきて3ヶ月。 ガリガリだった体は見られるくらいには肉がついたし、肩の上の長さで整えられた髪はキラキラとしていたし、白い頬はうっすらと血の気の通ったピンク色をしている。 そしてすっかり兄弟になったアスランとイザークは毎日、家庭教師との勉強の後に一緒になって遊んでいた。 イザークが思いのほか優秀だったので、最初は元気になったらどこかへ預けろといっていた父親のパトリックも最近は何も言わなくなっていた。 「イザークは猫がすきなの?」 アスランの質問にイザークは笑って答える。 「犬は必ず飼われているだろ。でも猫は自由だ。家もご主人様も関係なくどこでも歩けるからな」 「でも犬は家族にとても優しいんだよ」 そういうアスランにイザークは何でもないことのように言った。 「俺には家族がいないから道ばたで寝てるときは猫だけが家族みたいだったんだ。抱っこすると温かくて柔らか・・・」 言葉の途中で飛びついてきたアスランにイザークは無理やりに抱きしめられて驚いた。「うわっ、アスラン・・・!」 「僕がいるからね、イザークの傍にはずっと僕がいるから。僕が家族になるから・・・!」 言われた言葉に戸惑いながらイザークはアスランの背中をぎゅっと抱きしめた。 「俺だって・・・俺だってずっとアスランの傍にいるよ」 「すごい、すごいよイザーク!」 自分のことのように興奮しているアスランの姿にイザークは照れを隠せない。 「大げさだ、アスランだって1位じゃないか」 学年末の総合試験の結果が掲示板に表示されている。プラントでも有数の進学校であるこのスクールは名家の子女が多く学び、そのほとんどがエリートと言われる層の子供たちだった。当然にその子供たちというのは裕福な家の跡取りたちで高度なコーディネイトをされているからその頭脳も極めて優秀だった。 そしてイザークはアスランと同じ学校に通うことになったためにそのスクールに編入したのだが、編入からわずか半年でついに主席をとってしまったのだ。この半年、学校に通ったことのなかったイザークはアスランの家庭教師について学んでいたが、一を言えば十を知るその優秀さに家庭教師も驚いたほどだ。最初は読み書きができるだけのレベルだったものが一ヶ月もすれば幼年学校の入学に困らないレベルになっていた。 「だってイザークはまだ半年しかたってないのに」 アスランは小さい頃からずっと家庭教師がつけられて勉強していたから入学以来ずっとトップなのは当たり前だった。だから自分が1位をとることになんて何も感じない。だけどイザークが1位を取るのがどんなに大変なことかわかっているからとても嬉しいのだ。「半年も勉強してたら追いつくに決まってる」 照れながら、だけどちょっとだけ自信ありげに言うイザークにアスランは頷く。 「そうだね、イザークはいつもがんばってるから」 昼間だって夜だってイザークはいつもアスランと一緒に過ごしている。それこそ四六時中一緒にいるのだから、勉強時間はアスランと変わらないはずだった。 けれど、最近そうじゃないことにアスランは気がついた。アスランの部屋の隣に与えられた自分の部屋でイザーク夜寝る前に遅くまで勉強しているのを見つけてしまったのだ。父のパトリックがイザークに厳しいのはわかっているつもりだった。だけど、イザークはそんなに気にしていないふうだったから問題ないのだと思っていたけれど、それはアスランの勝手な思い込みでしかなかった。ザラの家にいるためには優秀な成績でなければいけない――そう思ってイザークが一生懸命になっているということにそのとき初めて気がついたのだ。 それなのにイザークはそんな素振りは全然見せないでいつもアスランと一緒に遊んでいた。自分に心配をかけさせないようにしているのだと思うと少しだけ寂しくて、でもずっと自分と一緒にいるためにイザークががんばっているのだと思えば嬉しかった。 だから。 イザークの努力が結果になって現われたことにアスランは心の底から喜んだのだ。 「これでずっと一緒にいられるね!ありがとう、イザーク!!」 抱きついて頬を摺り寄せてはしゃぐアスランにイザークは照れくさそうにその髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜた。 「アスランには俺がいないとダメだからな」 そう言ってくれるイザークがとても大切で、大事にしようと改めて思った。いつも傍にいて自分が守ってやろうとアスランは強く心に決めていた。 そしてそれはずっと守られている。 アスランはイザークの傍にいて、イザークも同じように傍にいる。兄弟のような二人は兄弟そのままに成長してきたのだ。 -7- |