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「なんでこんなところに行くわけ?」
 大学の正門で待ち合わせてイザークはディアッカの車に拾われた。電話で話したときはエレカ通学をしているディアッカに車を貸してほしいということだったのだが、ディアッカは送迎を申し出た。行き先を尋ねたディアッカにイザークは町の中心から離れた住所を告げたのだ。
「教授に頼んで紹介してもらった企業だ」
「紹介って、就職するってことかよ?」
 ディアッカの問いにイザークは頷く。服装もよく見てみれば襟付きのシャツにジャケットと普段より改まっている。
「お前の成績ならドクターまでいけるだろ? ミカミ教授だってお前のことかなり気に入ってるじゃん」
 実際、イザークは学年の主席だった。研究室でも責任ある地位を与えられていて仲間内では講師のイスも手の届くところにあるといわれているくらいだ。
「教授にも同じことを言われた。だが俺は孤児だ。大学を出たら自立しないわけにはいかないさ」
 淡々とイザークは言う。ディアッカはそれが好きじゃなかった。達観しているような物言いは、今の生活が現実じゃなく吹けば消えてしまうシャボン玉のようなはかないものだといってるみたいであまりにも寂しすぎる。イザークはどんなに穏やかな笑顔をしていても胸の内にはいつも自分の出自を抱えて孤独なのだと思い知らされるのだ。どんなに近くにいても、アスランを除けば一番信頼されていると自負していてもその境界線は越えることを許されない。
「そんなことアスランは言ってなかったぜ」
 彼はイザークが教授に気に入られていることを自分のことのように嬉しそうに話していた。イザークは自分と違ってきっといい教授になるだろうと。
「アイツには話してない。就職活動だって内緒なんだ」
 家を出ようとしていることを知られることはぎりぎりまで引き伸ばしたかった。それを知ったらきっと自分を拾ってくれた彼が酷く傷つくだろうからまだ言い出せないでいる。何もかも決まって後戻りできなくなってから話すつもりだった。そうでもしなければアスランは納得してくれないだろうから。
「なんで内緒にするんだよ、どうせそのうちばれるぜ」
 アスランはイザークのことなら何でも知りたがる。自分が拾った責任を感じているのだろうか。まるで捨て犬を拾って飼う事になった子どもみたいにイザークに関しては一生懸命だった。イザーク以外に彼の関心あることなんて思いつかないくらいに。
「今はまだ・・・話したくないんだ・・・」
 言ってイザークは窓の外を見る。
 最近、アスランとはなるべく会わないようにしている。大学でも家でもできるだけ理由を作って二人になる時間を少なくしているのだ。
 アスランは優しい。
 出会った頃からそれはずっと変わらない。幼年学校の時代は本当に仲のよい兄弟みたいに過ごしていた。イザークが一年先にカレッジに入ることになったらアスランは飛び級して入学してきた。専攻が別々になったけれど家ではお互いの研究について話したりしていたのに――。
「そういえば昼間、アスランがお前のこと探してたぜ」
「そうか」
 昨日の夜、夕食の後に映画でも見ないかと誘われたのを課題があるからとイザークは断った。今朝は研究室に寄るからとアスランを置いて少し早めに家をでた。だから丸一日以上話をしていないことになる。
「お前ら、なんかあったの?」
 ディアッカは単刀直入に聞いた。今さら余計な気遣いなどしている間柄じゃない。
「いや」
 するとイザークは視線を泳がせた。ディアッカじゃなきゃ気づかないくらい些細な動きだったけれど、表情が豊かじゃないイザークにしては十分な動揺だった。
「ふぅん・・・」
 興味がなさそうにディアッカは言う。けれど、内心では驚きを隠せなかった。
 ずっと変わらないと思っていた二人。なのに明らかにイザークは表情を変えるくらいには何かがあったということは不意打ちみたいなものだった。
 風になびく銀色の髪を白い指先で抑えながらイザークは相変わらず窓の外を見ている。 二人に何があったというのだろう。
 ディアッカはそう思いながら、けれど聞きだすことはせずにエレカのアクセルを深く踏み込んだ。





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