「やぁディアッカ」
 サークル棟の前のベンチでタバコを吸っていたディアッカに通りかかったアスランが声をかけてきた。
「よぉ、お久し」
 指の間にタバコを挟みその手を掲げたディアッカのマナーの悪さに構わずにアスランは近づいてくる。
「あのさ、イザーク見なかった」
 彼との会話の9割はイザークに関係したことで、逆に言えばイザークに関係しない話題などほとんどしたことがないのだが、それはもう当たり前だからいまさら嫌な顔をするわけでもなくディアッカは首を振る。
「あいにくだけど今日は見てないよ。約束でもしてんの?」
 同じ家に住んでいるのだから学校で会えなくても家に帰れば済む話だ。わざわざ探しているとなればそれだけの理由があるのだろう。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
 そう言葉を濁すとアスランは曖昧に誤魔化してディアッカに手を振った。
「じゃあ急いでるから」

 まったく、と思う。
 まったく相変わらずに不器用な奴らだ、とディアッカはタバコをふかしながら遠くなるアスランの背中に思う。
「俺だったらありえないね」
 同じ家に住んでいるというのに。
 お互いにどう思っているかなんて目を見ればわかりすぎるくらいだというのに。いまだに奴らはキスの一つだってしていないんだ、きっと。そんな大きな進展があったら相変わらず不器用にすれ違いまくりなんてやれるわけないだろう。どうしたって不器用で、それでいてわかりやすい奴らだから何かあったなら二人ともが今までどおりなんてしていられるわけないだろうから。
「10年だぜ、信じらんねぇ」
 初めてイザークを見たときからもう10年になる。最初に見たときは細くて痩せっぽちで、女の子だと思ったくらいだ。だけどイザークは女じゃなくて、そしてもう人並みに成長した少年だった。人並みじゃないのは一度見たら忘れられない外見と彼の生い立ちだったけど、そんなのはアスランには関係ないはずだった。だってイザークの未来に手を差し伸べたのはアスラン本人だったのだから。
 ピピピピッ。
 モバイルフォンが音を立ててディアッカは着信を確認しつつ通話スイッチを押す。
「よぉ、何だよ」
 相手はアスランの探していた人物だ。
「別に構わねぇけど」
 そうしていくつか言葉を交わしてからスイッチを切った。
「まったく、厄介だな」
 厄介なのは彼らのことか、それに進んで巻き込まれている自分自身なのかディアッカにさえわからなかった。
 イザークに出会ったとき、すでに彼の傍にはアスランがいたから自分はスタート地点にすら立つことができなかった。だから、せめて伴走くらいしてやろうと思ったのに、それがこんなに長い歳月を必要とするなんて。
「おかげでこっちはうかうか色恋もしてらんねぇって」
 言ってディアッカはメールを一言だけ送信する。相手は最近付き合っている彼女だった。本当はデートの約束があったのだがイザークからの頼みごとでデートもキャンセルが必要になった。いつだってイザークの頼みごとを優先するからすぐにディアッカは振られてしまう。そんなディアッカにイザークは言ったものだ。
『ちゃらちゃらしてるから女ともうまくいかないんだ』と。
「ったく、人の気も知らないでっつーの」
 知られるわけにはいかないのだから、それでいいのだがあまりにも酷な言葉に愚痴だって言いたくなるというものだ。
「早く決着ついてくれないかね」
 本当にそう思ってるのか自分ではわからない。あの二人がうまくいってしまったらきっともうイザークは自分を頼るなんてしなくなるだろうから。そうしたら今よりずっとつまらなくなる気がしていた。たとえどんな美人と付き合っててもイザークから電話がなかったら自分はきっと物足りないんだろうな、といつも考えているけれど。でも、それでもあの二人には幸せになってほしいと思うのも本当だ。だってもう10年もずっと見続けているのだから、この恋の終わりがハッピーエンドじゃなかったら観客に徹してきた自分はあまりにもかわいそうすぎるだろう。
 彼らと自分自身の幸せために。
 ディアッカはタバコを踏みつけるとゆっくりと立ち上がった。






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