◆◆◆

「頼まれたものはこれだが」
 珍しくザラ邸を訪れたディアッカを前にアスランは自室で小さな機械を取り出した。
「あぁ、上出来。これなら気づかれることもないな」
 じっくりとチェックするとディアッカはそれをアスランに返した。
「ディアッカが使うんじゃないのか? 盗聴器なんてどうするんだ」
「それはあとで説明する。それよりお前、イザークのことが好きか?」
 いきなり聞かれたアスランは一瞬驚いた顔になったが、すぐに頷いてみせた。
「もちろんだ」
「どんなことがあってもか?」
「当たり前だ。なんでそんなことを聞くんだ」
 イザークがこの家を出てからディアッカの家にいることはアスランも知っている。ディアッカが部屋には来るなと言ったから近寄ることもしていない。
「何があってもイザークを守る気はあるか?」
 話についていけないながらも、その言葉だけを受けてアスランは頷く。
「今までだって守ってきた。これからだってそれは変わらない。オレは何があってもイザークを守る」
 真っ直ぐにディアッカを睨みながら言うアスランに迷いなど欠片もなかった。
「なら、これから言う話を聞くんだ。これはイザークを守るために必要な話だからな」


「今日の昼間はどこに行ってたんだよ。カレッジにはいなかったよな」
 夕食時にディアッカが話し出した。イザークはすっかり元のとおりに通学しているが、今日はカレッジには行っていない。
「学術センターに行っていたんだ」
「てことは、就職先決めたのかよ」
「あぁ、今日正式に挨拶をしてきた。卒業後すぐにでも採用になるらしいが、必要なら今から顔をだしても構わないと。そうだ、住むところも決まったからこの部屋も出て行かないといけないな」
 ディアッカはあのときのラクスとイザークの会話を思い出していた。住むところまで世話してやるというあの女。それを受けたというのならイザークはもうアスランに会う気はないのかもしれない。
「急いで出て行く必要はないって。オレとしては料理の作り甲斐があってなかなか楽しんでるわけだし」
「確かにお前の料理は上手いしな。カレッジに通うにはこちらの方が便利だからもうしばらくいても構わないか」
「どうぞご自由に」
 おどけるように行って見せてから、真剣な顔になってディアッカは聞いた。
「余計なお世話かもしれないけど、もうアスランに会う気はないのかよ」
 この数日、アスランについては話をしていない。婚約が正式に発表されるらしいという情報を話して以来まったく知らん顔をしている。だが、その裏でイザークがラクスと契約を結びに行っているのだ。イザークは本当にアスランとのことをあきらめてしまうつもりなのだろうか。
「必要があるなら会うことはする。だがそもそも必要なんてないだろう?あるとすれば家を出る挨拶をしにいくときくらいだ。拾われた礼くらいはきちんとするつもりだからな」
「それ、本気かよ」
「本気だ。俺が近くにいたらアスランにとってもよくはないだろう。婚約者ができたんだ、デートだってするだろうし、付き合いだって増えるだろう。俺がいればアイツは俺のことを気にして自分のことはおろそかになるから」
 潔く身を引くつもりだとイザークは言う。淡々とまるで感情など持っていないかのように。
「そんなに簡単なもんだったのかよ、お前のアスランへの気持ちってのは。どうでもいい奴なら、なんでヤケ酒くらってオレに抱かれようとまでしたんだよ」
「それは」
「お前がアスランを好きなのはオレだって知ってる。オレはずっと見てきた。二人がずっとお互いを思ってるのをわかってて、わかってたからずっと傍にいたんだ」
 スタート地点にさえ立つことが許されなかった自分を嘆くのではなく、イザークを違う場所から守ってやろうと思い続けてきた。
「なのに結局、何も言わないままフェイドアウトなんてそんなのオレが許せない」
「ディアッカ…」
「お前はアスランが大切だから守ってやろうとしてるんだろ、アスランのために身を引いてやろうって。けどな!そんなのお前の勝手でしかないんだよ。アスランはそんなの望んじゃいない」
 アスランはおとなしそうに見えて、芯の強い男だ。だいたい、孤児のイザークを引き取って一緒に暮らしてきたことだって、育ちのいいお坊ちゃまにしたら、そうとうに強い意志がなければやってこられなかったはずだ。
「だが、俺は…」
「孤児だとか育ててもらった恩があるとか、そんなのはアスランが好きでしてきたことだ。アスランだけじゃない、レノア小母さんだって二人目の息子を喜んでいたさ。それでお前が後ろめたさを感じる必要なんて何もないんだよ!」
 まくし立てるように喋るディアッカにあっけに取られながらもイザークは俯いた。
「一度だけでいい、ちゃんと全部話せよ。その結果どうなろうがそれは仕方がない話だ。けど、何もしないであきらめてるなんて無責任すぎだろ」
「無責任…?」
「そ!オレが何のために10年以上イザークに手を出さずにいたんだって話。上手くいかないなら上手くいかないで白黒はっきりさせてくれ。でなけりゃオレはいつまでたっても生殺しから先へ進めないだろ」
 ディアッカが自分に優しいのは知っていた。だからそれに甘えていたところもある。だけど、その理由が自分を特別に思っていたからなんて思いもしなかった。
「ディアッカ…」
「あぁ勘違いしないでくれよ。だからってイザークがこの部屋にいることは迷惑でもなんでもないから。ただ時間がないから言ってんだ。アスランに気持ちを打ち明けるなら今しかないんだ。それを見逃して後悔なんてオレが近くにいるのにそんなことさせないっていうこと」
「アスランに、打ち明ける…」
「全部話せよ。過去のことも今の気持ちも。アイツならイザークの傷なんてものともしないって。あれでいて神経は図太そうだしな」
 その言葉にイザークは少しだけ笑った。
「知ってる…、気が小さそうなのにそんなことないんだ。おっとりして見えて頑固だし、鈍感そうなのに俺のことにはすぐに気が付いて…。頭がいいくせに俺が好きだってことはちっともわかってなくて…」
 もう一度俯いたイザークにディアッカはそっと席を立つ。そうと決まればしなくてはならないことがあった。
「ディアッカ、どうしてなんだ…」
 声をかけられてディアッカは友人を振り向いた。
「どうして、あいつのことを考えると苦しいんだ?…どうして涙が止まらないんだ?」
 ポロポロとあふれる涙を隠そうともせずにイザークはまっすぐ前を向いたまま泣いている。
「その答えはお前が一番よくわかってるだろ」
 そう言うとディアッカは必要なことをするために自分の寝室へ姿を消した。







-16-


NEXT


BACK