「なぁ気づいてる?」
 食堂でランチのプレートをつつきながらラスティがディアッカに声をかけてきた。今日は選択科目の授業のおかげで彼の隣にイザークはいない。
「何が?」
 大盛りのパスタを器用に次々と口へ運びながらディアッカは聞き返す。
「イザーク、変わったでしょ?」
 その言葉にディアッカは一瞬目を白黒とさせる。そして慌てて口の中のものを租借してお茶で無理やり飲み干した。
「お前、それ誰かに言った?」
「言うわけないよ。誰も気がつかないじゃんそんなの」
 それになぜかほっとしながらディアッカはフォークをトレイにおいて頬杖をつく。
「やっぱり中間試験のせいかな?」
「だろうな」
 すっかりイザークウォッチャーになりながら二人は話始める。
 中間試験を終えてからイザークの態度が微妙に変わったのだ、アスランに対する態度が。



「おい、イザークっ!」

 自分の名前を呼ぶ強い声にイザークは振り返った。
「なんだ、でかい声だして」
 声の主はルームメイトの少年だ。あまりにも大きい声を立てられて睨むような視線になる。
「なんだじゃないって!何回呼んだと思ってんだよ」
 その言い方からして相当の回数呼ばれていたらしい。まるで気がつかなかったことが信じられない。自分はいったい何を考えていただろうか。
「だから!考え込んでるなよ。どうなんだって聞いてんの」
「どうって」
「だからー、来週の野外訓練の話だってば。イザークはディアッカとニコルと一緒でいいのかって」
 見かねてラスティがフォローに入る。そんなことを言われていたなんて気がつかなかった。
「それで別に構わない」
 そうして急いでその場から遠ざかった。
 そこに残ったディアッカとラスティが視線を合わせる。
 イザークが人の話を聞き逃すなんて珍しい。聴こえてほしくない話だって耳ざとく聞いているくらいの地獄耳なのに。

 そんなことが数回、この一週間だけでもあったのだ。
 そしてラスティはそのときのイザークがアスランを見ていることに気がついた。イザークの幼馴染でルームメイトという立場のディアッカはなおさら言うまでもない。



「どういう心境の変化かな? ずっと見てるでしょ」
「敵の研究のつもりじゃないか?」
 これまでのイザークはアスランを徹底して無視していた。ライバル心を抱きながらも表立って彼のことを見るなんてしなかったのだ。まるでその存在なんてそこにはないかのように振舞うほどに彼のことを無視していた。それが中間試験を境にアスランのことを普通に、いやそれどころか視線で追うようにして見るようになったのだ。
「敵かぁ・・・クラスメイトなのに」
「イザークにとってアスランは一番の敵だろ、叩きのめしたいくらいに思ってそうだぜ」
「まぁ確かにぃ」
 ズルズルとストローでジュースを吸いながらラスティは頷く。アスランとイザークはずば抜けて成績がいい。だけどイザークはアスランに絶対に勝てない。そしてそれが当然のものだと周囲のみんなは思っているのだから、きっとイザークはあのクールな表情の下にものすごい悔しさを隠しているだろう。白兵戦の訓練やモビルスーツ戦闘で対戦するときなんて本気にしか思えないくらいの勢いでぶつかっているんだから。そしてそれでも勝てないのだから本気で嫌っているかもしれないと思っていたのに。
「でもそれだけかなぁ」
 飲み干してしまったストローをかじりながらラスティはクルクルと空色の瞳を動かしてみせる。
「それ以外何かあるって言うのかよ?」
「うーん、うまく言えないけど。ある日突然、全然違うことを思いついたら人って自分で戸惑ったりしない?」
 ラスティに不似合いな抽象的なことを言われてディアッカは首をひねる。
「戸惑う? イザークが?」
「だからあんなにバレバレなんじゃないかなーって」
 まだ気づいている人間は少ないだろうけれど、以前のイザークに比べれば分りやすいくらいあからさまにアスランを見ているのだ。
「クールビューティの仮面が剥がれたっていうのかよ」
「剥がれそうってのが正しいかなぁ」
「だとしたらそれはそれで見ものだけどな。ありえないだろ」
 ディアッカはイザークの一番近くにいるのだ。イザークがどれだけ自分を律しているかなんて誰よりもよく知っている。だからクールじゃなくなるイザークなんて想像できるわけもなかった。
「そっかな。俺、勘はいい方なんだけどなぁ」
 ラスティはもう一つの変化についてはディアッカには言わないでおいた。まだその変化は微々たるものだったけれど、楽しみは独り占めしたかったから。









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