「あ、いや、そういうわけでは・・・・・・えぇ、そうです、すみません。ラクスも、お気をつけて」
 壁面の通信モニターに向かってアスランはしきりに頭を下げている。その様子ははっきりいってコメディみたいだと同室のラスティは思う。
 プラントで騒がれている希望の星なんて、本当は子どもみたいな関係なのだ。フィアンセなんて大げさな肩書きのわりにアスランは挨拶のキスしかしたことがないんだという。いつだがミーハーからうらやましがったラスティにそう白状したのだ。「そんなんじゃないよ」と。それはアスランの性格からして嘘じゃないのは明らかで、それからしばらくアスランという人間を見ていて、その言葉にものすごく納得したものだ。
 そして今日も今日とて一方的に謝ってばかりいる。ようやく話を終えたアスランが疲れきった顔をしてベッドに座り込んだ。
「何だって?」
「あぁ、週末にリサイタルがあるから誘われたんだ」
 答えるアスランは浮かない顔だ。プラチナチケットといわれているラクス・クラインのリサイタルに、しかもおそらく特等席に誘われたというのに。
「週末ならいけるじゃん。なんで?」
 その話を断ったというのは端から見ていてわかった。あんなに頭を下げまくるのは申し訳ないというアスランの心情の表れだろう。それにしたって壊れたロボットみたいで可笑し過ぎるけど。
「苦手、なんだ・・・」
 ぽつり、と不器用そうにアスランは言う。なんでかなぁ、こんなやつがあのイザークより上だなんて。
「苦手ってリサイタルが? あんなの座ってるだけじゃん」
 観客ノリノリのロックとかなら苦手というのもまだわかる。アスランの性格からして観客総立ちの中でも一人で座っていそうだから。でもラクスの歌なら観客は聞き惚れるだろうからおとなしく座ってるんじゃないだろうか。
「そうじゃなくて・・・いや、それもそうなんだけど、ラクスと・・・話すのが・・・」
 最後はきっとルームメイトを一月以上やってなかったら聞き逃すところだった。彼特有の自信のなさそうな喋り方で。
「あぁ!アスランって機械弄り以外に興味ないもんな、話題がないってこと?」
 ついでに言うと女の子と話すの自体苦手そうだ。奥手っていう人種らしい。
「でも婚約者なんだろ、そんなんでやっていけんの?」
 婚約者っていうのはイコール結婚相手っていうことだから、つまりこれから先、ずっと一緒にいるってことだ。話ができなくて間が持たないような相手と一緒にいるってどうなんだろう。少なくとも恋人同士だったら即破局なんだけど、経験上。
「全然話さないわけじゃないんだ。彼女のリサイタルの話だとか慰問ライブの話だとか、新しい曲のこととか作っていったハロのこととかオカピのこととか・・・」
 話していくと段々とアスランの声が小さくなっていく。あぁ、自滅だ。自分でろくな話をしてないって気がついちゃったらしい。
「だけど、それでいいわけ?」
 言っちゃいけない質問だったかな。アスランは下を向いて立ち直れなさそうだ。
「・・・いいんだ。俺も訓練に集中しないといけないし」
 これから先は訓練の内容もハードになっていく。それはもっともな理由に思えた。でもだったらなんでそんなに申し訳なさそうな顔をしてるんだろう。
「それ以上集中する必要なんてないんじゃない?」
 ラスティから見ればアスランもイザークも今すぐにだって実践でやっていけそうなくらいのレベルだ。
「そんなことないよ」
 いつものアスランの顔になっていつもの口癖を言う。アスランはいつも謙虚だった。普通、ここまで優秀な奴が謙虚だと嫌味なんじゃないかって思うけど、不思議とアスランはそんな風には感じさせなかった。
 ラスティが思いつく例外はイザークだけだ。




「あれイザーク?もう戻ったんですか? よかったら一緒にさっきの実習のログチェックやりませんか?」
 ロビーで集まっていたメンバーの中の一人、ニコルは通りかかったイザークに声をかける。だがイザークはちらりとその面子を確認すると視線をそらして返事もせずに部屋へと戻っていってしまう。
「イザークの奴、ほんとにそっけないよな」
 不満そうにラスティは言うがディアッカはやれやれと肩をすくめて見せた。ディアッカの隣にはアスランが座っている。
「まぁアイツは誘ったって無駄だよ。何でも自分のペースでやりたがるから」
 しかもそこにアスランがいるとなれば絶対に近づくことなんてしないだろう。ディアッカが視線でそれをラスティに伝えると、アスランもそれを知っているのかどこか気まずそうな表情をしている。
 イザークのプライドの高さはもう皆に知れていた。だからそれは納得できる話だ。だけどディアッカのそぶりでイザークにとってアスランだけは特別なんだなとラスティは気がついた。普段はクールなイザークがアスランにだけはライバル心を抱いているんだ、と。

 そしてよくよく見てみれば、イザークはアスランのバカみたいなマイペースを知ってもとにかく負けるものかと一人で勝手に競っては負けるたびに苛立ってそしてアスランを毛嫌いしてるのがわかった。それはどんなにイザークががんばってもアスランにだけは勝てないから悔しいってことなんだろうけど。あのクールビューティのイザークがアスラン相手にだけはムキになってほんの一瞬悔しそうな表情になるのだ。
 それに気づいてしまったらそんな様子は端から見ている分には、そして気づいてないアスランには申し訳ないけど、このアカデミーの生活では退屈しのぎにもってこいだった。
 アカデミーを卒業するまでにイザークがアスランに圧勝することとかあるんだろうかとか、そのときアスランはどんな顔をしてイザークはどういう反応をするんだろうとか。それともひたすら負け続けてイザークのプライドがボロボロになって別人みたいになっちゃうんだろうか、とか。とにかく、その当事者の片方と同室というのはラスティにとってなかなかラッキーなのかもしれなかった。
 







-2-


NEXT


BACK