怪我をしたイザークは明日には退院して授業に戻るという。
 それを聞いたアスランは複雑な気持ちになった。

 あのとき、イザークは確かに泣いていた。
 声を荒げたことにも驚いたけれど、泣くなんて想像もできなかった。なんでイザークが泣いてしまったのか気になっていたが確かめることもできないままだった。イザークが泣いたなんて誰かに話したら大騒ぎになるだろうし、それでまたイザークを傷つけるかもしれないと思ったら何もできないままだった。
 結局、イザークと話がしたくて追いかけたのにその目的は果たせなかった。それどころかイザークを泣かせてしまった。そんなつもりなんてなかったのに。ただ自分はイザークの無茶が心配で説得するつもりがどうしてか泣かせてしまった。
 とりたてて酷いことなんて言ったつもりはない。だけど自分はどうもコミュニケーションがうまくないらしいからもしかしたらイザークにとって辛い言葉を使ってしまったのかもしれないし、それ以外にも原因があるかもしれない。
 どちらにしてもイザークと直接話をしたかったけれどそれは絶望的に思える。今までだって無視するほどに嫌われていたのにあんなことがあったならなおさら自分のことを嫌うはずだから。だとしたら顔なんて見たくないとさえ思ってしまう。

「おーい、アスランってば!」
「え、ぁ」
 自分の順番がまわってきたことに気がつかずにいたらラスティに先を急かされた。慌てて中味を確かめもせず小さなボウルをトレイに乗せて脇へと動く。
「あれ、アスラン酢の物なんて食べるんだ、珍しい。苦手っていってなかったっけ?」
 言われてみれば確かに苦手な酢の物の皿だ。だが今さら元に戻すこともできない。ため息をつくとその先で適当にメニューを選んで席へとついた。
「なんかアスランおかしいね」
 ミートグラタンを食べながらラスティが指摘する。
「そうかな」
「ボケッとしてるよ。サバイバル訓練のときからかなぁ。何かあったの?」
 あのときイザークとアスランが一緒になったことは誰にも話してはいなかった。イザークが知られることを嫌がるだろうと思ったし、騒がれてあれこれ詮索されるのも面倒だった。
「別に何もないよ」
 あのあとイザークのリタイアを知らないままアスランは一位でゴールをした。何も知らない皆はいつものとおりにアスランが勝ったと思っている。
「そういえば、来週からのグループ編成って明日発表だっけ」
 来週から生徒たちはいくつかのグループに分かれて外宇宙での演習になる。グループごとに教官がつき実際の宇宙でのモビルスーツ搭乗訓練が始まるのだ。それはいよいよアカデミーでの生活が軍学校の学生から本格的な軍人の身分へ変わることも意味していた。
「あぁそうだな」
 気のない返事につまらなそうにしながらラスティはサラダを平らげる。
「そうしたらもう皆と一緒になる時間もなくなっちゃうのかー」
 しみじみとそんなことを言うラスティにアスランは相変わらず上の空だ。
「あ、イザークだ!」
 突然耳に飛び込んできた名前にアスランは驚きを隠すのも忘れて振り返った。食堂の入り口にいるのは確かにイザークだった。思ったよりは顔色もいいようだ。
「なんだ元気そうじゃん」
 ラスティの言葉にアスランも頷く。
「そうだな」
「来週になったらイザークとは別々かなぁ」
「え?」
 意外な話に思わず聞き返していた。
「知らない?イザーク、パイロットじゃなくて事務方さんに転向するらしいよ。ほら、お母さんが議員だから政治家になるには怪我とかできないからじゃないの?」
 そんな話初耳だった。
「そんな・・・」
 呆然とする様子にラスティは続ける。
「あ、でもコース変わるなら来週じゃなくてもしかしたら明日からかもね。イザークは優秀だからあっちでもトップ取るのかな」
 ラスティの声が耳を通り抜けながらアスランはフォークを握り締めていた。それがひしゃげてしまっているのにも気づかないくらいに。




 イザークがいなくなる。もう話もできないかもしれない・・・。
 アスランの頭の中にはそのことでいっぱいだった。明日から授業に戻るというイザークは昼食こそ食堂で食べていたけれどそのあとはすぐに部屋に戻ってしまい、あれ以降顔を見てもいない。もし本当に明日からコースが変更になるなら、寮の部屋だって変わるはずだ。自分たちのいる建物は不規則でハードな訓練をするパイロットのための建物で施設的にも優遇されている。それ以外のコースになるなら別の建物になるし、授業だって別々になってしまうのだ。
「ねぇってば!」
 三度目の声にアスランは顔をあげた。すぐ横にあるのは空色の瞳。
「あぁ、ごめん。どうかしたか」
「ほんっとおかしいよアスラン。もしかして例の好きな人と何かあったの?」
 聞かれてアスランは激しく動揺した。それにラスティは内心でわかりやすいなぁと笑う。
「いや、別に・・・というかちょっと悩んでて」
 弱気な発言にルームメイトは助け舟を出してやろうと決めた。
「どうかした?相談なら乗るよ、俺でよければだけどね」
「ええと、だから、つまり、その人とは全然話せないんだ、その、機会が無くて。だけどもしかしたらもう話せないかもしれないってわかって、その前に話がしたいって思うんだけど・・・」
 あーあ、それダダ漏れじゃん、と心のうちで突っ込みながらラスティは答えた。
「話くらいならしたって構わないんじゃない? ていうか同じ後悔なら行動した後の後悔をするべきだと俺は思うな。何もしないで後悔してるとキリが無いけど、一応なにかしたのなら気持ちにケリがつけられるからね。俺の場合は結局あの子に何も言わなかったから実はいまだに引きずってるしさ」
「けど、話をするにしても向こうにとって俺は嫌いな奴みたいだし」
 それにラスティはにっこりと笑う。
「嫌いだって耳くらいついてるんだから聞けるでしょ?最悪の場合、聞いてもらえなくてもアスランが話をするってことが大事なんじゃない?この場合は」
 アスランが好きなのはラスティの気づいたとおりにイザークだ。
 そしてイザークはアスランの話を聞かないなんてはずがない。あの一瞬のイザークの顔をみれば明らかだ。アスランに好きな子ができたと教えたときに大きく見開かれたブルーの瞳を。
「そうか・・・そうだな」
 かみ締めるように言うアスランにラスティはさらに追い討ちをかける。
「後悔先に立たずってね」
 アスランは優秀なくせに慎重すぎるからちょっと大げさなくらいに背中を押してやらないとダメなんだから。
「ちょっと出かけてくる」
 デスクチェアから立ち上がったアスランにラスティはニコニコと手を振った。
「がんばってね」
「あぁ」
 部屋に一人になったラスティはベッドの上に膝を抱えて座り込んだ。
 本当はイザークのコース転向の話はラスティの作り話だ。アスランがあんまりにもな状況だったからちょっとショック療法をしてやろうと思ったのだ。まさかこんなに急に動くなんて思いもしなかったし、この恋が成就するかどうかはラスティにはわからなかったけれど。
「恋のキューピッドも悪くないかも」








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