「何の用だ」
 呼び出された場所に現れたイザークはアスランの予想以上に不機嫌だった。
 自由時間にいきなり通信が入って寮から離れた図書館なんかにわざわざやってくるなど時間の無駄以外の何物でもない。だけどイザークが断らなかったのはアスランがあんまりにも激しくモニター越しに声を出すものだからディアッカが何事かと覗き込んできて、通信を手短に終わらせるために仕方なく了解したからだ。
 本当はアスランの顔など見たくもなかった。あの崖での出来事は最悪な失態だったから。
「話があるんだ」
 誰もいない図書館で二人は席に座るでもなく書棚の奥の窓辺に立っている。
「そんなことはわかっている。だからその話は何だと聞いている」
 たぶん、いや、間違いなくこんな風に二人きりになるのはあのサバイバル訓練を除けば初めてのことだった。イザークはシャワーを浴びた直後だったのかいつもはさらさらと揺れる髪がどこかもたついている。
 以前はそんな小さな変化なんて気がつかなかったけれど、今はそれもよくわかった。
「まずは謝りたい。あのとき、俺は、君を傷つけるつもりなんてなかったんだ。ただ君が心配で気になっていたことだから伝えておきたいと思って言ったんだけど」
 その言葉にイザークの眉は形を変える。
「謝る? なんで貴様に謝られないといけないんだ、怪我だって自業自得で貴様には関係ない」
「違う!そうじゃなくて・・・その、君が泣いていたように見えたから」
 言ってしまってからアスランはハッとする。また余計なことを言ってしまったかもしれない。だが予想に反してイザークはクールビューティのままだった。
「今頃何を言ってるんだ」
「君がコース転向するって聞いたから、もう話せなくなるならちゃんと話しておきたくて」
 本当はずっと話をしたかったのだ。謝る理由がなくたって、イザークのことをもっと知りたかったから。
「何の話だ?」
 怪訝そうな瞳にアスランの方が理解できないという顔になる。
「だってラスティが、イザークがパイロットをやめて違うコースになるって・・・」
「誰が転向なんてするか。俺はパイロット以外になるつもりなどない。用件はそれだけか?ならば俺は戻る」
 くるりと背中を向けられてアスランは一瞬パニックになった。
 えぇ!嘘?! 
 でもなんでラスティが嘘なんてつくんだ?しかもよりによってイザークが転向なんて嘘。それで俺はこんなことしてるのに・・・。
 あぁでもどっちみち、イザークとこんな風に話せることなんてもうないかもしれないんだ、来週からグループ活動だし・・・イザークと俺はたぶん別々になるだろうし・・・。
 グルグルと巡る頭と、遠ざかっていくイザークの背中がアスランの中で交錯して優秀な頭脳がスパークする。

 ああっ!そんなことじゃなくて、だから・・・!

「俺はイザークが好きだ!」

 がしっと腕を掴まれて振り返ったイザークをエメラルドの瞳がまっすぐに射抜く。
「アスラン・・・貴様何寝ぼけたこと言って」
「寝ぼけてなんかないよ。ちゃんと目は開いてるだろ」
 自分を真正面から見つめる瞳になぜかイザークは動けなくなってしまった。ガチゴチと動きの悪いゼンマイ仕掛けの機械のように頭がどこかで働かない。

 アスランは今、なんと言った・・・?

「冗談はやめろ」
 軽く笑い飛ばすはずのセリフがどこか宙に浮いて空回りしている。
「これが冗談を言う顔に見えるのか」
 一歩、距離が近づいてそっと腕が伸ばされた。
「アスラ・・・」

 その腕を振り払わなくては、と思うの、に。 
 近づいてくる藍色の髪も、伏せられる目蓋も、震える睫毛だって、見えている、のに。

 唇が触れるのも、その腕が自分を抱きしめるのも。

 そして自分が目を閉じてしまうことさえ。

 コントロールを失った身体は、止めることができなかった。
 

 
 そして。

 イザーク・ジュールのニセモノの世界が音を立てて壊れていく。

 ニセモノの人生が本当の恋を知るために。
 本物の希望の星と共に並ぶために。
 その世界はゆっくりと、けれど大きくまわり始めた―――。








FIN.






初出:【そして世界はまわりはじめる】2007.2.11

(続編【君と僕のあるべき場所】)


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