登り始めた山道は見かけ以上に厳しいものだった。
 登山というよりはロッククライミングのような状況が続き、時間ばかりがかかっていることにイザークは苛立っていた。
「くそうっ」
 このままでは日が暮れるまでに登りきることなんて不可能だ。そんなことになったらアスランに先を越されてしまう。それだけはしたくない。
 イライラとしながらも次々と岩に手をかけて腕の力で体を引き上げるようにして高い壁をよじ登っていく。それを数十メートル背後に迫ったアスランが見ているとは知らずに。ただとにかくアスランに勝つんだという意識しかイザークの中にはなかった。


 やっと視界に捉えたイザークはさすがに危なっかしいという足取りではない。だが下手に気づかれて無茶でもして転落されたら洒落にならないとアスランは後方から気付かれない距離を保ってあとに続いていた。
 この登山が終わったら・・・。
 アスランがイザークを追いかけた目的のもう一つは二人で話をしたいということだった。人目のある寮や学校の敷地内でそんなことをしようものならイザークは避けるだろうし周りは何事かと騒ぎ立てるに違いない。だからこんな機会でもなければイザークを捕まえるなんてできないと思ったのだ。
 そしてこの険しい場面をクリアしたらアスランはイザークに追いついて二人で一緒に行動するつもりでいた。嫌だと断られても同じコースを歩いていけば徒歩である以上差が開くことはありえなかったし、コースを変えたとしてもそれに従っていけばいいだけでアスランにしてみれば何の問題もなかった。
 ただ、イザークがまともに相手にしてくれるかどうかという点だけはアスランにも予想ができなかったけれど。

「!」
 ふと異常な気配を感じてアスランが顔をあげた。
 数十メートル先を登っていたイザークの姿を求めてその視線を彷徨わせる・・・と同時にアスランの身体は動き出していた。

「イザーク!」
 バラバラと小石が空中を舞い落ちるのと同時にイザークの身体が壁面から離れる。必死に伸ばした指の先が一瞬だけ岩を掴んだがそれは何の役にも立たずにイザークの身体はその壁をズザァァーっと滑り落ちていく。
 まるで鹿が山を降りるときのように絶妙のバランス感覚と運動神経でアスランは岩壁を駆け下り、イザークの落下地点と思われる場所に着地すると落ちてくる身体をその両腕で受け止めた。
「っ!」
 壁面の途中、平らな台状の場所とはいえ、何十メートルも転がり落ちてきた身体を受け止めるのはいくらアスランでも無理がある。受け止めた腕ごとバランスを崩して地面に二人して叩きつけられるような格好になった。
「・・・っ」
 顔をしかめながらも何とかイザークを受け止めることができたアスランは腕の中のイザークを確かめる。
「イザーク!」
 その声に反応してイザークは顔をあげ、そしてぎゅっと目を閉じた。
「っくぅ」
 視線を動かせばイザークは自らのわき腹を痛そうに抑えている。
「怪我をしたのか」
 そして次の瞬間、自分がアスランに抱えられているのだと気がついたイザークは弾かれたように支えている腕を振り払うとその腕の中から脱出した。
「・・・イザーク・・・」
「助けてくれなど頼んだ覚えはない、俺に構うな!」
 怒鳴りつけるように一方的にそういうといきなり立ち上がろうとする。
「無茶だ」
「貴様には関係ない!」
 だがイザークの気持ちに身体はついてきてくれない。痛みを訴える自分の身体に膝を突き、短く浅い呼吸をしてやり過ごすしかできなかった。





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