長く広い湿地帯をようやく抜けると、全身が濡れて泥と草でボロボロになっていた。休憩を取ろうと辺りを見回し小さな木を見つけてその下にイザークは腰を下ろす。
 思ったよりも梃子摺ってしまった。本当なら30分ほどで湿地を通り抜けて岩壁をクリアしてから休憩を取るつもりが思った以上に体力を消耗してしまった。
 期限を告知されていないとはいえ、早くゴールした方が成績がいいのに決まっている。だとしたら、自分はなんとしてもアスランよりも先に、一番でゴールしなくてはならない。こんな形式じゃないならチームを組むのも構わなかったがとにかく先を急ぐとなれば身軽な方がいい。
 それに。
 イザークには人の目を避けなくてはいけない事情が常につきまとうのだ。道すらない自然の中で用を足すのだって大きな問題だった。何日間も必要とするのならトイレに一度もいかないわけにはいかない。周囲が気軽に用を済ましてるのにそのたびに不自然に人目を避けて怪しまれたり気づかれるリスクを犯すくらいなら一人で行動したときのリスクをとったほうが数段マシなのだ。
 汚れたままなのは気持ちが悪いが仕方がない。どちらかといえば潔癖症のきらいがあるのは自覚しているがこんな状況じゃそんなことも言っていられない。
「あと3時間で18キロ・・・直線でこれじゃ実質25キロくらいか。あとは山のぼりだけだから体力勝負だな」
 冷静に判断を下しながらミネラルウォーターを口にする。予定では今日の日没までにはゴールできるはずだがどんなハプニングがあるかわからない。水や食糧は節約するに越したことはない。
 ふと、イザークは空を見上げた。必死だった分、ここに来るまでそんなことをしたこともない。作戦中だとしたら当たり前だが自分があまりにも必死だったのだと気がついた。
 アスランも一人で行くといっていた。それはすなわち自分との一騎打ちになるということだ。それならばなおさら負けるわけにはいかない。
 気象データが入手できない以上、直接空をみてこれからの天候を予測するしかないのだ。それなのにまったくそんなことすら忘れていたなんて随分と焦っていたらしい。見上げた空は雲が低くなってきていた。
「雨が降るかもしれないな」
 ならばなおさらゆっくりなどしていられない。イザークは慌しく荷物を片付けると立ち上がって歩き出した。


 湿地を抜けた平原の片隅にアスランはイザークの姿を見つけた。どうやら湿地を抜けたところで休憩をしていたらしい。さすがにこの長い湿地を歩くルートは体力の消耗が避けられないということでは皆同じということか。ここを通らなければ湿地を避ける道を通るしかないがそうすると3倍以上の時間のロスになるのだ。イザークがそんなことをするはずがないというアスランの読みは間違っていなかったわけだ。
 本当はアスランも休みたかったがここで休んでしまってはせっかく追いついたのが無駄になってしまう。日の出とともに動き出したアスランだったがイザークはそれよりも早く起きていたらしくすっかりその姿を見失っていたのだ。
「イザークの奴・・・」
 アスランに言わせればそれは無茶苦茶なペース配分だった。自分のいる場所のデータしかない以上、これから先のことを考えれば体力だって食糧だって余裕を持って動かなければ万が一のときに動けなくなってしまう。だけどイザークのやり方は形振り構わずに突き進むばかりで、猪突猛進そのままだ。
「背中がガラ空きだな」
 モビルスーツ戦闘でも思っていることだったけれど、突撃一辺倒で守りというものがあまりにも手薄なのだ。だけどイザークは優秀だったから周りのみんなはそんなことには気がついていないだろうし、何より気がついたとしてイザークのレベルに合わせてフォローしてやれるやつなんているはずもなかった、アスランを除けば。
 
 今を逃したらまたイザークに近づけなくなってしまう。
 そう思うとイザークに少しでも早く近づかなくては、とその足は速くなった。どうやらイザークは迂回路ではなく真っ直ぐに登山の道を選ぶらしい。イザークの能力を考えれば無謀だとは言わないがベストな選択とは言いがたい。これから日も暮れてくるという時間帯で知らない山道をしかもたった一人で登るというのはリスクが多すぎる。時と場合によってはリスクと結果のバランスを無視した行動も必要にはなるが、今の訓練の目的はそれほどのことを求めているわけではないのだから安全も考慮に入れる必要がある。それなのにイザークはひたすら早くゴールすることばかりを考えていてそれ以外のことには目もくれないようだ。
「無茶して大怪我でもしたら元も子もないのに」
 イザークは自分のことが嫌いで、成績が自分に勝てないことを快く思っていない。それはアスランも認識していた。快くないどころか憎んでさえいるのかもしれない。だが、いくらその自分に勝つためだとはいっても、入院するレベルの怪我でもしたら授業が受けられなくなって成績にだって大きな影響がでてしまう。アカデミーの卒業時点の成績がそのまま配属時の地位に直結していることを考えればイザークがしていることはバカだとも言えるくらいだった。





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