サバイバル訓練のその日。
 山岳プラントにやってきた生徒一同はスタートとゴールだけを指示されて小型のGPS通信機と二日分の食糧とともに放り出された。ゴール地点は座標で指示されているけれど期限の日時は告げられなかった。それはつまりどれだけかかるかは個々のやり方しだいだということだ。ただ最悪の場合は5日後に救助はされるということだったが、二日分の食糧だけで5日目にならないというのはつまり自分でそれだけの間なんとかしろということだ。文字通りのサバイバルに違いなかった。
 チームを組もうと一人でゴールを目指そうとどんな手段を使おうと何の制限もない。気象データも不明、地図はかろうじてあったものの詳細なものではなく道らしい道もない。そんな状況だからほとんどは三、四人のチームを組もうと気の合う面子が自然と集まりあれこれと相談を始める。
 だがそれに倣わず自分だけでで準備を始めた人間がいた。
「イザーク、まさか一人で行くんですか?」
 ニコルの声にイザークは振り返らない。別に禁止されているわけじゃないし、イザークくらいの成績なら無謀とまではいえないだろうが、それでもシミュレーションとは違って実地訓練なのだから安全を考えれば誰かと組むのが当然だった。
「一人で何か問題があるのか」
 靴紐をしっかりと結びなおしながらイザークは短く言う。
「そんな!無茶です」
 ニコルは止めようとしたが誰もそれに賛同しなかった。特にディアッカなどは言っても無駄だと知っているからやれやれと小さくため息をついている。
「まぁ死ぬことはないだろーけど」
 助けが来るわけだしぃ、とラスティが言えばイザークは「そんなもの俺には関係ない」と切り捨てた。すると誰もの予想に反してもう一人が単独行動の準備をし始めた。
「アスラン?」
 荷物をまとめたバックパックを背負い通信機の機能を確認するように現在地の座標を呼び出している。
「俺も一人で行くよ」
 ニコルの視線に答えながら手首に通信機をなじませるようになでる。
「アスランまで?」
 その遣り取りを横目で見ているイザークは構わずに背中を向けて歩き出した。
「あぁ、こんな機会滅多にないから、一人でチャレンジしてみたいんだ」
本当の作戦なら単独よりもチームで動くことの方が多い。アスランが言おうとしていることは、もしトラブルが発生して突然一人になってしまう場合を想定するならこんなときこそ一人で取り組んで経験を積んでおきたいということだ。
「ほんとまじめだよな」
 厳しくなるのが分っているのに自ら進んでそれを選ぶのだから。ラスティが呆れて言うと「そんなことないよ」とやんわりとアスランは否定した。
「じゃあ俺たち3人で組む?」
 その場に残ったのはニコルとディアッカとラスティ。成績で言えば十分優秀な成績の彼らはそれでもアスランやイザークのような無謀をするつもりはなかった。
「そうするか」
 それを機にアスランは切り出す。
「じゃあ俺はいくから」
「気をつけて」
 見送られてアスランはその場から遠ざかっていく。目的地は300キロ離れた山岳地帯の中にあるキャンプ施設。移動手段は徒歩だけとなれば少しでも早くスタートしておくのが正解なのは誰だってわかることだ。
「とりあえず、まっすぐ行きますか?」
 ニコルが問えばディアッカもバックパックを背負う。
「それしかないだろーな」
「じゃ早くしようぜ」
 そうして三人も後を追うようにスタートをした。


 スタートから5キロも歩くと森林地帯に入った。森の中は道らしい道はなく獣道というような細い道があるだけだ。そんなものは当然地図には載っていなくて臨機応変に地形を判断し進んでいくしかない。そのせいで森に入ると生徒たちは自然とバラバラのコースを歩くことになった。この森がどれくらい続いているのか、川があるのか、どんな動物がいるのか、情報はまったく与えられていない。チームの仲間とあれこれを言って今までの校舎の中だけの訓練とは違う、命の危険を感じながらその不安を紛らわしていた。ただ二人だけを除いて。


 日付が変わって5時間が過ぎた。
 日の出を確認すると寝袋から抜け出して火を起こす。体を温めるために最低限の水を沸かして飲み、固形食糧を口にする。同時に通信機で目的地までの距離と現在地を確認した。
 アスランはイザークを追いかけていた。
 ただ、すぐに追いついてしまっては周りの目があるからというのを気にして森林地帯に入るのを待っていたのだ。それまでは見失わない程度の距離をあけて、けれど見失うことのないように注意をしながら。
 途中までイザークの辿ったルートは確認できた。森に入る前はなだらかな丘陵で最短かつ体力の消耗が少ないという条件で絞り込めばほぼ同じ道になるはずだ。実際、イザークと思われる足跡を確認することもできた。そして森に入ればほとんど人の入らない薮を歩いたばかりというのはすぐにわかるからアスランはその後を迷うことなく追った。イザークの判断や選択に間違いはないからアスランに必要だったのはゴールにたどり着くための状況判断じゃなく、イザークを追いかけるための追跡に集中することだった。
 日が落ちるとアスランはすぐに夜営の準備をした。本当は少しでも早くイザークを追いかけたかったけれど、気温の下がった中で知らない道を歩き続けるよりも次の日の朝早くに動き出した方が効率がいいのだ。
 GPSが示す情報は半分以上の距離を消化していることを示していた。ここまでは難関ということはないが本番はこれからだと思ったほうがいいのだろう。明らかにこの先の森は深くなっているし、山岳地帯に入り標高も高く地形的にも難しくなってくる。
「その前になんとかしないと」
 イザークは確かに優秀だった。だけどどこか危なっかしくアスランには思えてならないのだ。イザークを特別な存在だと意識して以来、彼のことを注意してみるようになったらそんな風に見えてきた。
 十分に優秀なのだからもう少し引いた目線で見るようにすればもっとうまくいくのにと思うことが何度もあって、それがまるで何かに追い立てられているように思えたのだ。彼もアスランと同じように親の名前というプレッシャーがある。だから人一倍成績が気になるのも理解はできるけれど、それにしたって何故だか理解できないほどイザークはいつもピリピリと神経を張りつめさせている。
 だからこの訓練でイザークは必ず一人になるだろうとアスランは予想していて、予想が当たったと分ったらすぐにその後を追うことにしたのだ。イザークが無茶をしないだろうかという心配と、それからもう一つの目的のために。






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