そんなことを考えていたアスランに対してイザークが動いた。ナイフを突き出して一気に踏み込むとその間合いを縮める。それと同時にしゃがみこんで足元を封じようと軍用ブーツの脚を滑り込ませた。
 隙を突かれた格好になったアスランは慌てて防御の姿勢をとった。グリップの角度を閉じて膝を落とし、払いに来た脚をかわす為に受身を取って横転する。それを狙ったイザークはナイフを横に繰り出した。
 シュッ。
 低い音を発するほどに早い動きにアスランは何とか付いていく。素早く身体を後ろに反らせて手を突くと、足を跳ね上げてバック転しながらイザークの手元を爪先で狙う。同じように反り返りながらイザークは蹴りをかわすとその足をつかんで強引に引き倒した。
「クッ」
 バランスを失ったアスランはイザークのナイフを絶妙のタイミングで跳ね返すと、顔の前でふたたびナイフをかざした。そこへ構わずにイザークが飛び込んできてアスランはそれを叩き落す。
 次の一手が来る、そう確信して反射的に先手を打ったアスランのナイフが伝えた感触は、金属ではなく柔らかいものを刃先が捉えた証だった。
「!」
 予想外のことに驚いたアスランが顔を上げる。目に飛び込んできたのは真っ赤な飛沫。無意識に間合いを取りながらアスランが見たものは、白い腕から滴る血を押さえているイザークの姿だった。避け損ねた攻撃をナイフではなく自らの腕で受け止めたらしい。
「イザーク!」
 アスランは叫んだがそれはかまわずに無視された。かなり深手らしく血の止まる気配はないが、反撃をすべく血の流れる利き腕でナイフを突き出してきたのだ。
 ヒュンッと腕を振りかざしてくる姿にアスランは防御一方になる。目の前の状況と自分のせいでイザークに怪我をさせたという意識がそうさせていたのだ。アスランは攻撃を繰り出さず、だが防御の反応は抜きん出て素早いから結果としては勝負が付かないままになる。ポタポタと床に落ちる赤いシミにアスランはますます混乱していった。
 自分がちゃんとイザークを見ていなかったから・・・。
「貴様っ!」
 イザークから声がして視線をあげると自分を睨み付ける視線が苛立ちを表していた。
「逃げてばかりでどうするつもりだ」
 低い、声。久しぶりに自分を呼んだきっかけは苛立ちと傷のせいだなんて情けない。
「どうするつもりも・・・」
「同情なぞ不要。これは勝負だ、わかってるのか」
 ぴしゃりとだが低くいわれたアスランに反論の言葉はなかった。じり、と近づくイザークは怪我を気にする様子はない。むしろ怪我を負ったおかげでいつもの闘志を内に秘めたイザークにもどったかのようだ。
 だがそんなことを言われたところでアスランがイザークにさらにナイフをむけることなんてできるはずもなかった。自分のせいだという罪の意識が邪魔をしているのだから。
「それなら俺が行く」
 言うとイザークはためらいなくその足を踏み出した。
 カンッと乾いた音がして、ナイフがぶつかり合う。圧力に押されて一歩後ずさりながらアスランは懸命にそれを受け止めて堪える。弾き返せばまた次の攻撃がきて防御が追いつかずにイザークを傷つけてしまうかもしれない。そう思うと動くこともできなかった。
「腰抜けが」
 身体を押し返しながら吐き捨てるように言う。早く終わらせるために負けてしまおうか・・・アスランがそんなことを思った時だった。
「やめっ!」
 教官の声がして二人は顔を上げてそちらを見た。
「イザーク・ジュール・・・止血をしろ。この対戦は中止だ」
 あたり一面はイザークの血が飛び散っている。さすがにこれ以上続けることに意味はないと思ったのだろう。これは訓練であって実践ではない。怪我を負うリスクを学ぶ場ではあっても取り返しの付かない状況にする必要はないのだ。イザークは黙って傷口を押さえると医務室に向かいその場を後にする。
 残されたアスランはイザークの血の付いたナイフを手にしたままいつまでも呆然と立ち続けていた。

 

 どうしたらいいんだろう。
 イザークの怪我は出血の割にはたいしたことはなく縫合も3針で済んだらしい。だが、問題はそんなことじゃなかった。
 もう以前のように戻ることはできないのだろうか。
 図書館での告白。あんなことしなければよかった。たとえ伝えられないままでもこんなふうになるくらいなら黙ったままでいた方がずっとよかったのかもしれない。いや、絶対にそうだ。
 無機質な天井を眺めながらアスランは目を閉じた。どうしたらいいのかなんてまるで思いつかない。代わりに瞼の裏に映ったのはやっぱりあのときの泣きそうな顔をしたイザークの姿だった。







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