「俺はイザークが好きだ!」

 消灯間近の図書館の片隅。 
 気がついたら言葉が口をついて出ていた。
 そんなつもりなんてなかったのに。
 いや、どうにかしなければとは思っていたけれど、あんなふうに言うつもりはなかった。まるで慌てて取り繕ったような、ろくに考えもしていないセリフを言うなんて。イザークを相手には一番避けるべき行動だったのに。
 だけど自分の気持ちをこれ以上抱えていることもできなかった。コース転向の話が嘘だったとしても、実習になれば離れてしまうのは間違いなかったし、卒業すれば配属は別々になってしまう。いずれにせよ自分たちに残された時間は少なかったのだ。
 そして箍が外れてしまった勢いは止められなかった。
 だけどまさか。
 まさかイザークがキスを拒まないなんて。それどころか受け入れられるなんて思いもしなくて。正直を言うとあのときのことはあまりよく覚えていない。

 唇が離れていって、視線が合うと一瞬大きく目を見開いて。
 あんなイザークを見たことがなくて動けずにいたら何も言わずに頬に平手が飛んできた。拳じゃなかったのはきっと彼の配慮だと思う。おかげで腫れるまではせずに赤みは引いた。それなのに泣きそうなイザークの顔を忘れることができなくてなかなか部屋に戻れなかった。
 結局イザークとは平手を見舞われて図書館を出て行って以降、一言も話すことなく今日までの時間が過ぎてしまっていた。

 きっと自分は嫌われた。
 それは当たり前だろうけれど・・・受け入れられるとか両思いになることなんて想像もしていなかったし、そんなことを望んでいたわけじゃない。
 ただ気持ちを伝えたくて――それだけだった。そして結果は玉砕したわけだ。
 自分のしたかったことは果たしたはずなのに、そうする以前よりもずっと、アスランは暗い気持ちを引きずってとても後悔していた。
 あの日以来、イザークが変わってしまった。
 口数が少ないのも人を寄せ付けないのも以前のままだったけれど、彼には飛びぬけたプライドの高さがあったからこそクールビューティと言われていたのに、今の姿はまるで人を避けるように視線すらどこか下を向いているかのようで、以前と同じように人が周りにいなくても逃げているみたいでイザークらしくないのだ。
 自分のせいだとアスランは思っていた。
 あんなことをしたから。
 謝ろうと思っても避けられている以上話す機会なんてなかったし、また呼び出したところで拒絶されると思ったら何も出来ずじまいだった。だから結局お互いにぎこちなく避けたままずっと平行線のままなのだ。

 そして、こうなってみて初めて気が付いたのは、以前の自分はイザークに嫌われていたわけではないといことだ。同じように避けられてはいたけれど、今とはまったく違う。あれは嫌っていて避けたのではなく、ライバルとして気に食わないということだったのだと。なぜならそこには対戦相手としての実力は認めるという姿勢があったから。向き合えば睨み付けられたけれど、同時にそれを楽しむような空気もあった。
 でも今は――。
 

 向き合ったイザークはさすがに本物のナイフを使っているから気を抜けないとばかりに視線は外さなかった。だけど負けないだとかかかって来いなんて気合はまるで感じられない。ただ仕方なく構えているようなそんな目だった。

 自分は結局、気持ちを押し付けるだけで何もかもを失ってしまったんじゃないだろうか。同僚として、一番近い位置で彼と対等にいられる立場を自らの行動で壊してしまったんじゃないだろうか。
 目の前のイザークは以前のイザークとは違う。そうしてしまったのは自分でそんなふうになりたかったわけじゃないのに・・・。






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