強く抱きしめる腕の中でアスランが身じろいだ。はっとしてイザークは顔をあげる。バイザーの中の水滴が多すぎてその顔はよく見えなかった。アスランはしばらく何かを操作してそれからゆっくり顔を上げる。 「イザーク」 気を失って操作ができなかったヘルメットの通信回線を調整したのだろう、その声ははっきりと声が聞こえた。 アスランが無事だった。すぐ耳元で聞こえる声にまた涙が溢れてくる。 「何故泣いてるの」 「知るか」 強がる声は涙混じりでアスランは苦笑した。自分を抱きしめる腕が何よりはっきりとイザークの気持ちを物語っている。 「わかった、見なかったことにするよ」 「貴様っ」 体を起こそうとしたイザークをアスランは強くその腕を引いて抱き寄せた。 「よかった・・・君が無事で」 その言葉に余計な世話だという反発も怒りもなかった。アスランが自分を思うのは自分がアスランを思うのと同じだと今ならわかる。 「あぁ、君の機体に移らないと」 しばらくしてアスランが言った。 この機体はもうだめだと主電源を落としてシートベルトを外す。無事の連絡を入れるにも通信機能が使えないし、どのみちこのマシンは動かないから回収されるだろう。 ハッチの縁に立っているイザークの手を取るとアスランはその体を抱きしめる。そしてそのまま強く蹴ると同時に背中のバーニアを噴かした。イザークのバーニアはもうあまりエネルギーが残っていないのだ。 それは短い宇宙旅行だった。 離れないように互いの体を抱きしめながら真っ暗な空間をまっすぐに進んでいく。 「イザーク、あのときの言葉、覚えてるよね」 不意に、ヘルメットのスピーカー越しにアスランが言った。 「言葉・・・?」 「証明して見せろというやつだよ」 すぐ目の前でアスランが自分に向けて微笑む。 もうあんなもの忘れたのかと思っていた。あれ以降アスランの態度は変わらなかったし、そのことに触れようともしなかったからケリが付いたのだとばかり思っていた。 だけど、それを今更・・・。 「…忘れてはいない」 忘れるはずもない。アスランを突き放すための言葉を。 芽生えかけた恋を終わりにするための決別の言葉を。だが――。 「そんなもの要らない・・・」 「え」 「そんなもの不要だといったんだ」 あんなことを言ったのは、自分が自分についている嘘を突き崩してほしいとどこかで願っていたからだった。そんなことできるはずないと無理難題を突きつけておいて、自分は塗り固めた嘘の中で小さくなって過ごすはずだったから。 でも今となってはそれも意味がない。なぜなら自分はもう最後の嘘さえつきとおすのをやめたのだから。 「でも、証明させてくれ」 言うと同時にアスランは自分のヘルメットを操作して外した。空気を抜かれたバイザーと同化して素肌は一瞬で真空の世界にさらされる。そして目線で合図をするとイザークのバイザーをオープンにした。内側に漂っていた幾つもの光の粒がキラキラと広い宇宙へと散らばっていく。それに見とれたイザークはそのままヘルメットを外される。 そこに酸素はない。だけれど、それと同じだけ二人を縛り付けるしがらみも現実もなかった。 二人の視線は絡み合い、ゆっくりとお互いの唇を重ねる。このままどこかに流されてしまっても構わない・・・。 それはいつまでもずっと、ずっと続いた――。 -31- |