■ ■ ■


 三度目の呼び出しは夜の図書館ではなく昼間の屋上だった。
「ごめん、待たせた?」
 扉を押し開けて待ち合わせ相手の姿を見つけるなりアスランは言った。
「当たり前だ、時間は過ぎてるだろうが」
 今日の午後には配属が発表になり明日には卒業式を控えていてアカデミーの雰囲気は慌しさと厳しい課程をやり遂げた同僚との別れを惜しむ空気で落ち着かなかった。だから人目を避けて出てくるのにはあまり困らないはずだ。
「明日の挨拶の件で呼び出されてさ」
 それにイザークはアスランを睨みつけた。主席卒業の挨拶という栄誉は結局アスランのものになった。
「で、用件は何だ」
 あの日。
 宇宙であったことは二人だけの秘密だった。あれから二人は何事もなかったようにしていたし、実際以前とは何も変わらないのだ。自分達は明日には卒業でもう会うこともない。自然に道は別たれてしまうのだから、気持ちを確かめ合ったところでどうすることもできるわけがない。
「一つ、話をしておこうと思って」
 手すりに寄りかかってグラウンドを見下ろしながらアスランは切り出す。
「何だ」
「ラクスに全て話したよ、他に好きな人がいるってね。表向きは婚約したままだけど俺にはもうしがらみはないんだ。君のせいじゃなくて、俺自身がこのまま親の言いなりでいいのか疑問に思って、一度きちんとしたいと思ったんだ。それだけ君の事が本気なんだ・・・って言うのはちょっと違うかな」
「貴様・・・」
 笑っているアスランの顔にイザークは小さな怒りが沸いてくる。
 バカだ。
 そんなことをして何になる。何の意味があるっていうんだ・・・。
 いくらそんなことをしたところで、自分たちは何も変わらない、変われないのだ。アスランはパトリック・ザラの息子でありプラントの希望の星で、自分はエザリア・ジュールの息子であり、ジュール家の跡取りの少年なのだから。その関係が変わることなんてありえないのに。
 こんなことアスラン・ザラのすることなんかじゃない。このままなら輝かしい未来が待っているというのに。自分なんかのために・・・。
「そんなことして何になる」
「何にもならないかもしれない。でも、少なくとも俺は誰に遠慮することなく君のことを好きでいられる」
 その言葉にイザークの心は揺れた。そんなことを言われたらもう終わりだと思っているこの恋の先を思い描いてしまうじゃないか。
「ふざけるな。明日には卒業だ、そうしたら貴様と顔を合わせることもないんだぞ」
「でも好きでいることはできるよ」
 こともなく言われてイザークは何も言えない。きっとコイツの人生には不可能なことなんて何もないのだろう。だとしたら自分との恋の先行きすら変えてくれるのだろうか。
「一つだけ聞く。もし、俺が貴様を裏切っていたらどうする?」
 本当は今もまだイザークは嘘をついている。この体が少年ではないのだという最大の秘密。だけどそれを打ち明けるには自分たちに残された時間は少なすぎた。だから―。だからこの恋がずっと続いていつか全てを打ち明けられる日が来たら、そのときアスランはどうするのか聞いてみたくなったのだ。
「目の前の君が裏切っているのだとしたら、俺は気にしないよ。だって俺は今の君が好きなんだから――」
 アスランの顔が近づいてきて柔らかく唇が触れた。
 イザークはそのキスを拒めなかった。あれこれ頭で考えようとするよりも今は好きだという気持ちに素直になりたい気持ちが勝る。
 アスランが好きだ。
 それだけのことなのに自分は随分と遠回りをしてしまった。だからその分も今は素直に言いたかった。
「アスラン・・・好き、だ」
 目の前の顔が嬉しそうに笑う。その翠の色に吸い込まれそうな気がしてイザークは鼓動が早くなるのを止められなかった。
「どうしよう、すごく嬉しい・・・」
 馬鹿みたいににやける顔を見ていられなくてイザークは自分からキスを押し付けた。抱きしめられる腕はきっと自分が欲していたものだ。


 この世界はニセモノだと思ってきた。 
 それは今もまだ変わらない。
 だけど、ニセモノにだって真実はあって、それに向かうい合うきだけは本物になれるのかもしれない――。

 アスラン・ザラが好きだ。
 この気持ちは本物だと思う。
 アスランに抱きしめられることが、アスランとのキスが嬉しいと思う自分の気持ちに偽りなんて何もない。だからこそ、胸のドキドキはずっと止まらないし、涙が溢れそうになってしまうのだ。

 この恋は偽りのない自分の姿を許してくれる、イザークが初めて手に入れた宝物だった。




FIN.




初出:【君と僕のあるべき場所で】(2007.6.24刊)






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