医務室から寮の部屋に戻ってイザークはディアッカに言った。 「貴様のせいで俺の評判が悪くなったらどうしてくれるんだ」 それは遠まわしにディアッカの言葉を受け入れたことを告げるものだった。するとディアッカはにやりと笑い、こう言いのけた。 「そんときは責任とって嫁にもらってやるってのはどうよ?」 それは即刻却下されてディアッカはイザークのケリを一発鳩尾にくらうことになったが、金髪のルームメイトは痛みに腹を抱えながらそれでも嬉しそうに笑っていた。 イザークは少しだけ変わった。 成績の良さも他人への厳しさもトレーニング好きなのも変わらなかったけれど、以前よりずっと感情を出すようになったのだ。ラスティの冗談に吹き出したり、射撃の自主トレの出来が悪いと壁を蹴り飛ばしたり、ゲームで勝ったときには派手なガッツポーズまでして周りを驚かせた。 だがそれに眉をひそめる輩は少なかった。以前の氷に冷たい近寄り難さに比べれば今のイザークはずっと人間らしく、笑顔など見せたときにはもともとの造作の美しさが一層際立って誰もが目を奪われた。その変化を高熱のせいで頭のネジが緩んだんじゃないか、と噂も立ったが、それには堂々と「あいにくだが、俺はもともとこういう性格だ」と言ってそれ以上噂が長引くこともなかった。 ただアスランに対する態度だけは相変わらずだった。 アスランに対する思いを認めてしまったけれど、それは自分の中だけのことだ。イザークが少年であり、母親の望んだままに生きていくのはこの先も変わらない。ならば、自分の恋心は邪魔になるだけなのは明らかだ。これ以上思いが強くなる前に卒業してしまえばいい、そう思えばこそアスランに対する態度は変わらず、イザークは何事もなかったかのように振舞っていたのだ。 だが、それはイザークが自分を守るための最後の嘘だった。 ロールプレイの敵は現役の軍人だった。自分達にとっては先輩にあたるパイロットのモビルスーツをチームごとに撃ち落すのが与えられた課題だ。さすがに銃火器のエネルギー量は制限されていて互いの機体を破壊するほどではないが、それでも撃たれればダメージを受けるし衝撃も相当なものだ。最終チームは成績優秀者が集まっているためか、与えられた課題の難易度はレベルが高いらしい。惑星の重力圏ギリギリというエリアはまさに油断大敵だ。 「敵機アルファ、捕捉」 ラスティの声が届く。 「フォローに入ります」 ニコルが俊敏に反応してディアッカは別の機体と交戦している。 「イザーク、ディアッカの援護を。俺はラスティの方へつく」 「了解」 悔しいけれどアスランの指示は的確でイザークは黙ってそれに従った。重力に引かれない様に注意しながらモビルスーツを操っていく。 目の前で次々と敵機がロックオンされて、LOSTの文字がモニターに示される。レベルの高い課題でも優秀なメンバー達はとくに問題なく時間が次々と過ぎていった。 だがそれではイザークは満足できなかった。チームでの成果も評価の対象にはなるが結局最後は個人での戦果が成績になるのだ。今のところアスランとイザークは同じ数だけ敵を撃破していたがこれでは逆転して首席に立つことはできない。アスランを認めるといっても最初から白旗をあげるつもりはない。やれるだけのことをやらなくては気がすまないのは偽りではなくイザークの生まれ持った性格だった。 思いついてイザークは操縦桿を引きながら機体を遠く守備エリアのギリギリに持っていく。背後から回り込んで敵の陣営を一人でたたくつもりだった。 それに気がついたのはアスランだ。リーダーという役割上、全員の動きを見ていたからすぐにわかったのだ。他のメンバーはそれぞれ敵を相手にしていて気づいていないらしい。アスランはそのフォローをしながらイザークの様子に気を取られていた。イザークの意図していることはすぐにわかった。だがイザークが目指しいてるエリアはより重力圏内に近い。功績をあげるために逸っているのだろうが、それはあまりに危険だった。リスクと結果のバランスを考えればあきらかに無理矢理な行動だ。 イザークが主席で卒業したがっているのは知っていた。そしてそれが理由で今、こんなことをしているということも。 「アスラン、イザークを!」 ニコルの声がモニターから飛び込んできた。 「こっちは大丈夫だからさ!星に落ちちゃったら笑えないって」 ラスティも気がついたらしい。 「てか気にしてるくらいならとっとと引っ張ってきて戦力補充してくれよ、あいついないと正面きついって」 ディアッカにまで言われてアスランは頷いた。 敵の戦力はやっ三分の一になったところだったが試験の終わりまでは時間がまだ十分にある。 「わかった。すぐに戻る」 そうしてアスラン機がイザークを追っていった。 -28- |