■ ■ ■


「こちらイザーク・ジュール機、スタンバイOK。シークエンスを待つ」
『了解、その場にて待機せよ。パイロットは順次カタパルトへ移動せよ』
 CICのコールがスピーカーを通じて届く。
『Cチームは準備完了、定刻17:00に座標アルファにて集合』
「了解」
 次々と指令が飛び交い、モビルスーツデッキは慌しかった。
 
「これで最後ですね」
 ニコルの顔がモニターに飛び込んできた。
「オレ、赤着られっかな」
 ディアッカはまんざら嘘でもない調子で言う。
「大丈夫じゃないの。ディアッカって火事場の馬鹿力タイプだし」
 軽妙に笑い飛ばすのはラスティで、最終チームのメンバーは成績順のおかげで見慣れた顔になった。
 卒業試験の最終科目であるモビルスーツでの無重力戦闘。それを前にしてこんな風にして軽口を叩き合うのは誰もが緊張してるのを紛らわそうとしているためだ。イザークは自分のカメラをオフにしたまま声だけを返す。
「ふざけてる暇はないぞ」
 カラフルなモニターやスイッチが次々と情報を与えていて、試験とはいえ実践と変わらない緊張感に溢れていた。
「発艦90秒後に陣形を整えながら目的地に向かう・・・火器はビームライフルを」
 アスランが全員に指示を出した。このチームのリーダーは主席のアスラン・ザラだった。
「了解」
「了解しました」
『チームH、マッケンジー機カタパルトへ』
「了解」
 目の前で練習用ジンが発進シークエンスに入った。轟音とともにデッキの外へ機体が飛び出していく。続いてリーダーであるアスラン機が発進していった。最後尾はサブリーダーのイザークだ。
『ジュール機、カタパルトへ移動せよ。30秒後に発進する』
「了解した」
 イザークの乗った機体がまもなく宇宙へと飛び出していく。グローブの中で汗をかいて湿った手のひらをコントロールレバーを握りなおすことで落ち着かせる。
 これが最後なんだ。
「イザーク・ジュール機、発進する」
 アスランに勝たなくてはいけない――。イザークは強い決意で飛び出していった。

 コックピットのなかでイザークは一人きりだった。回線を通じてCICやメンバーからの通信は入っているがとりたてて大事なものはないから右から左へと流れていく。
 もう何も残ってはいなかった。
 この試験が終われば配属先が決まり、アカデミーを卒業する。イザークは間違いなくエリートの証の赤い軍服を着ることになるし、そうなれば最前線に配置されるだろう。それは普通の人間からしたら十分に名誉なことなのだが、イザークの目標は最初から主席というたった一つだけであり、それ以外には何の価値も感じていない。だがそれすらもはや風前の灯火だった。アスランはことごとく卒業試験でも一位をイザークから奪っていた。全て気持ちをリセットして集中しているにも関わらずいつも一歩及ばないのだ。
 自分の限界を突きつけられることをイザークは受け入れられないと思っていた。敵わないという事実を認めたくないがゆえに必死になってやってきたのだ。だけど今はアスランの能力の高さを無視できるわけがなかった。負け続けている自分がそれを認めないのはただ惨めなだけだ。
「イザーク」
 個別チャンネルでディアッカが割り込んできた。
「アスランに負けても泣くなよ」
 画面の向こうでウインクなどしているルームメイトが存外お節介らしいと知ったのはアカデミーでの大きな収穫の一つだ。
「やかましいぞ」
 なぜだか笑いがこぼれてしまう。それにディアッカは目を丸くしてから親指を立ててガッツポーズをしてみせた。
「その顔、悪くないぜ」
「一言余計だ!」
 怒鳴りつけると「おぉー、怖ぇぇ」と笑いながら画面が切れる。






-27-


NEXT


BACK