「お話はわかりました。ただ一つ聞かせてほしいのですけれど」
 何を聞かれるのだろう、とアスランは思う。だが何を聞かれても自分は答えなければいけない立場だ。
「あなたにとって婚約とはどういうものでしたの?」
 すでに過去形になっていることに気づかないアスランじゃない。だがそれにこだわっている余裕はなかった。
「漠然としたものでした。いつかは結婚する相手との約束なのだというくらいの・・・。最初に聞かされたときは、有名人の貴女の名前に浮かれてしまって・・・よく考えていなかったんだと思います」
 子供だった自分。それはきっと今も大して変わらないのだろうけれど、その意味を考えられるくらいには成長したのだ。
「じゃあ私が有名人じゃなかったら貴女はお相手くださらなかったのですか」
「いえ、そんなことは!」
 意地悪い質問に慌てたアスランにラクスはさばさばとした表情で笑う。
「アスラン、一つ申し上げておきます。私たちの婚約は親同士の約束ですけれど、私たちは何の約束もしていません。だから貴方が申し訳なく思う理由は半分で済みます」
「ラクス・・・」
「アスランは変わりましたわ。貴方はずっといつも紳士的で優しくしてくださって申し分のない婚約者でしたけれど、役割を果たす以上のお気持ちは感じませんでした。きっとアスラン・ザラとしてのお仕事をなさっているのだと私は思っていました。私が歌を歌うためにあちこちのステージに立つのと同じように決められたことをされているのだと。でも最近の貴方は役割すら忘れてしまっているのかと思うくらい心ここにあらずで・・・」
「すみません・・・」
 その声はさすがに小さくなる。ラクスにそんな思いを抱かせていた時点で自分は婚約者として失格だったのだ。
「今日はその理由が分かってよかったですわ」
 別に気にしていないという様子にさすがにアスランは訊かずにはいられない。
「いいんですか、婚約を解消しても」
 自分から言い出しておいてそんなことを訊くなんて許されることじゃないのかもしれないが、毒食らわば皿までの心境だった。
「私とあなたとの間にお約束はありませんと申し上げましたわ。それに親同士のお話は親同士でしていただきましょう。ただし、私はシーゲル・クラインの娘としての立場をまったく無視することもできません。このお約束にどんな意味があるのかはアスランもお分かりでしょう」
 プラント市民に向けた第二世代の象徴。それが政治的な意味合いが強いことは言うまでもない。
「ですから、戦争の状況が落ち着くまでは今のままにしておいたほうがいいと思います。わざわざ発表して騒ぎを起こす必要はありません。今までの通り表向きは私とアスランは婚約者同士でいましょう」
「それは・・・」
「本人に結婚する意思がなければ結婚は成立しません。でも婚約者にはなんの規定もありませんもの。結婚する意思がなくても婚約していても構わないはずでしょう」
 思ってもいない発想と指摘にアスランは内心で舌を巻いた。この少女はおっとりしているが、やはり評議会議長の娘なのだ。まったく知らなかった一面を改めて知って驚きを隠せなかった。
「あなたが正直にお話くださったから私も正直にお話しました」
 にっこりと笑う顔はさっきと同じはずなのになんだか頼もしく見えるから不思議だった。
「アスランの初恋のお相手になれなかったのはとても残念ですわ」
 飛び込んできたハロを受け止めながらそんなことを言われてアスランには返す言葉もない。
「あの、決して貴女のことが嫌いというわけではありませんから!」
 慌ててフォローしたら思い切りラクスに笑われた。
「知ってますわ。だって嫌いな方と一緒に笑ってお話できるほど、あなたは悪い人じゃありませんもの」
 完敗だった。
 自分は本当にこの少女のことを何も知らなかったのだ。こんなことがきっかけになったのはマヌケすぎるが、それでもほんの少しだけラクスという少女を知ることができてよかったと思う。
「お願いがありますの」
 ティーカップが空になったタイミングでラクスが口を開いた。
「何でしょうか」
「アスランの初恋の君にはきちんと向き合ってさしあげてくださいね」
「ラクス」
「貴方は優しいけれど、優しいだけではうまくいかないこともあります。勇気をだしてみることも必要ですわ。今日のように」 
 それにアスランは笑顔で頷いて見せた。
「もちろん、そのつもりです」






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