アカデミーでの最後の休日をアスランは外出に当てていた。動くならそこしかなかったから選択の余地などなかったのだ。
「いらっしゃいませ、ご無沙汰ですわね」
 ラクスがクライン邸の玄関に出迎えて、今までプレゼントしたカラフルなハロをいくつも従えている。
「お久しぶりです」
 手にしていた花束を渡すと恭しく手を取ってマナーどおりに口付けを施した。
「ありがとう、アスラン」
 アスランはとても不思議な気分だった。
 今日は覚悟をして来ていた。ラクスに事情を話して全てなかったことにしてもらうつもりなのだから、婚約者という立場からすればもっとも失礼なことをこれからするのだ。それなのに今までで一番、ラクスに迎えられたときの気持ちは晴れやかだった。
「何かありましたか」
 いつものように庭のテーブルでお茶を淹れながらラクスが尋ねた。まだ何も言っていないのに、とアスランは驚きつつ頷く。
「もうすぐ卒業ですから、それなりにいろいろとありました」
 ぼかした答えにラクスは必要以上に尋ねない。それはいつものことなのだ。ラクスはアスランが困るようなことを尋ねない。その代わりアスランも彼女のことをあまりよく知らないのだと今さら気づく。
「結婚の日取りが変更になったそうですね」
「えぇ、それは私が父と話をしたからです。時間的に余裕がありませんし、入籍だけするのは無理があると説得しました」
 本当はそれだけじゃなかった。アスランは嘘をついたのだ。本当は休みである日に結婚の手続きをさせるつもりだった父親に向かって訓練があると言って。向こうも忙しいからそれ以上息子とを話をするつもりはなかったらしく思っていたよりもあっけなくその話は終わってしまった。きっと婚約者同士の結婚などいつでもできると思っているからだろう。彼にとって息子の結婚は議会の日程と同じ感覚なのだ。予定していたスケジュールが一つ変更になったのと変わらないに違いない。
「そうですわね。急がなくてもいつでも結婚はできますもの」
 にっこりと笑うラクスに、切り出すのは今だ、とアスランは手のひらの膝の上でぎゅっと握った。
「そのことで今日はお話があります」
 改まった顔でいう婚約者に驚くでもなくラクスは「はい」と頷いて先を促した。
「本当に自分勝手なことだとはわかっていますがお願いがあります。自分達の婚約をなかったことにしてほしいんです」
 きっぱりと告げて、それからラクスの顔をみた。それは驚くでも悲しむでもなく、ただ淡々と聞いている表情だった。
「それは婚約を解消するということですわね」
 尋ねるというよりは確かめる口調にアスランは頷く。自分では使わなかった『婚約解消』という言葉で言われてその事実が重くのしかかった。
「そうです」
 だがもう後には引けない。自分はこれからすることがある。そのためにこれだけはどうしても果たさなくてはならないことなのだ。
「理由を、聞かせてくださいますか」
 おっとりと、だがはっきりといわれて用意していた告白を頭の中から引き出す。今までのどんなプレゼンよりも緊張していた。
「あなたと結婚はできないと思ったからです。その理由は自分が婚約というものを理解していなかったということと、・・・貴女ではない、別に好きな人がいるからです」
 これで言いよどんではいけないとアスランは必死だった。みっともない自分はここから始まるのかもしれない、と頭のどこかで思いながら。
「そうですか」
 ラクスの反応はそれだけだった。責められて当然だと思っていたアスランはどう反応していいのかわからない。





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