イザークが意識を取り戻したと聞いてアスランは心底ほっとした。
 あの異常なくらいに高い熱と腕の中で意識を失ってぐったりとした体は悪夢のようだった。そしてイザークの高熱の原因は自分と同室の戦艦での生活のせいだとわかっていたから、アスランの頭の中はイザークのことでいっぱいだった。
 ずっとイザークが緊張していたのは知っていた。それが自分の告白が理由だということも、そのあとにキスをしたのが悪かったのだということもわかっていたのに何もできないだけで。自分のしたことの責任も取らずにただおとなしく何も起きないようにしていることしかしなかった。
 情けないと思う。
 だけどもうぐちゃぐちゃで、自分でもどうしたらいいのかわからないのだ。
「アスラン?」
 声をかけられて自分が水道の蛇口を開いたまま洗面スペースに立っていることにアスランは気がついた。慌てて蛇口を閉めてタオルで顔を拭く。だけど自分が顔を洗い終わったのかどうかもわからなかった。
「どうかした?」
「あ、いや」
 話せるわけがない。ラスティが言ったことがきっかけになったとはいえそれを引きずっているわけでもないのだが、やはりこれ以上自分の恋愛について誰かに話をするべきではないと思うのだ。だが、ふと思い出してアスランはラスティに聞いてみた。
「この前、好きになることに意味があるって言ってただろう」
 それにラスティは頷く。アスランが恋愛の話をするなんて珍しいことだったはずなのにいまではそれが普通なのがラスティにはおかしかった。
「言ったよ」
「それは・・・相手を傷つけることになっても意味があるのかな」
 勘のいいラスティにそれは十分すぎるヒントになった。イザークが高熱をだした理由はアスランと同じ部屋だったからだとアカデミー中で噂になっているのだ。それはアスランの告白と無関係じゃないってことだろう。
「できたら傷つけないほうがいいんだろうけど、いつもそううまくいくとは限らないよ。それでも好きなんだとしたらそれは仕方ないでしょ。人の気持ちなんて機械じゃないんだから操作できるわけないし。だから逆になんかのきっかけで急に風向きが変わったりすることもあるしさ」
「仕方ない・・・」
「そう、仕方ないの!アスランくらいなんでもできちゃう人だと、仕方ないとかあきらめるとかって知らないかもしれないけどね。あと開き直りってのもさ。だけど生きていくにはそーいうのも必要だと思うよ。悩んでるばっかりで前に進まないくらいなら前進でも後退でもとにかく一度その場から動くことが必要でしょ。軍の作戦と一緒でさ、行き詰まりを打破するには別の角度からの視点が大事だって」
 ニコニコと笑うラスティにつられてアスランも不思議と笑ってしまう。なんだか自分がその場に深くて暗い穴をひたすらに掘り続けていたような気がしてきた。
「恋愛なんてキレイごとじゃできないよ。自分が格好悪かったりみっともなかったり、ほんと馬鹿みたいなことやっちゃうもんなの。オレ達まだ十代っしょ、恋も人生もビギナーでいいじゃない!みっともないアスランて悪くないと思うよ」
「みっともないって・・・」
 アスランはその言い方に苦笑する。
「そ、みっともないアスラン・ザラ。嫌々で義務を果たしてるだけより、かっこ悪くて情けないけど、自分のやりたいことやってるほうが全然いいと思う」
 暗にラクスとのデートのことを言っているのだとさすがにアスランも気がついた。自分がいつか話したラクスとの会話が苦手だという話を覚えているんだろう。
 そうだ、まずそこから変えよう。
 結婚の話を白紙に戻すのなら、ラクスとの婚約を解消する必要がある。それにはラクス本人ときちんと話さないといけない。
「人生のビギナーか、いい言葉だな」
 アスランが言うとラスティが得意になって「でしょ」と笑った。
 どんなことだってきっと最初はうまくいかないのだ。自分はこれまで恵まれていたからそんなことを知らなかっただけで、それはいけないことでもない、仕方ないことなのだ。
「ありがとう、ラスティ」
 オレンジの髪のルームメイトは正面切ってお礼を言われて今度は大げさに照れて恐縮する。それにやっぱり笑いながらアスランはPCを立ち上げた。もう時間は深夜だから通信を入れて起こすわけにもいかない。本当はメールでのやり取りは余り好きではないのだがアスランは少しでも早く行動を起こしたくてラクスに宛ててメールを一通のメールを書き始めた。






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