「デイビット、覚えてるか?」
 唐突にディアッカは言った。その名前はイザークも知っていて小さく頷く。
「死んだよ、一週間前に」
「・・・っ!」
 イザークは驚きを隠さず、真相を問う視線をディアッカに向けた。デイビットはアカデミーの卒業生で、まだ入学したばかりのころ後輩指導としてやってきていた優しい青年だった。半月ばかり一緒に過ごしたが、その後の配属は彼自身の希望で地球のジブラルタル基地だったはずだ。優しすぎて軍人には向いてないのかもしれない、と苦笑交じりに言っていた優秀な軍人は自分たちとそれほど変わらない年齢のはずだ。
「地球も頻繁に小競り合いが続いてて『名誉の戦死』だって」
 それにイザークは言うべき言葉を持たなかった。分かっているはずのこと、死というものが本当にすぐ傍にあるのだということを今さらに思い知った。それはディアッカも同じだからこそ、今こうして話しているのだろう。
「オレたち、軍人になるんだぜ。それっていつ死ぬかわからないってことなんだよ。だからお前も無理すんのやめろよ。怒りたければ怒れよ、悔しいならそういう顔しろよ・・・ほんとはアスランに負けるのなんて許せないんだろ。無理すんなよ」
 いつもトレーニングは人一倍してきた。それがイザーク自身の向上心のせいでだというのはアカデミーの誰もが知っていることだ。ただその理由が本当はアスランに負けたからだとは知られていないはずだった。
「そんなこと関係ない」
 イザークはそう言うしかない。たとえ図星だとしても認めるわけにはいかないのだ。自分の思っていることを、考えていることを他人に知られるということはその相手に対しての距離が近くなることだから。
「だったら中間試験のときはなんだったんだよ。無関心を装うならもっとうまくやれよ。言っとくけど、お前が思ってるより周りは気づいてるぜ」
 周り、という言葉にイザークはディアッカを睨む。
「どうせばれてるんだから少しは本音出したらどうなんだよ?どっちみちもうすぐ卒業だ、誰も他人の噂話で遊んでる余裕なんてねぇからそれぐらいいいんじゃねぇ?」
 促す言葉にもイザークは頑なだった。
「嘘も本音も俺にはない」
「お前にももっとガキくさい本音があるってわかったから俺はそれなりにやってこられたんだ。お前がクールじゃなくたって驚きやしないし面白いくらいだぜ。素直になって失うものがどこにあるんだよ」
 まぁお前に今までの自分をぶち壊すだけの勇気があればだけどな、そう言いながらディアッカはイザークの返事も聞かず医務室を出て行った。

 「死」というものと「偽りの人生」。
 なぜだかそれがイザークの中で急にくっきりとした輪郭を持って浮かび上がってきた。
障もなく今までどおりに生きていくことはできただろう。けれど、イザークはもう気づかされてしまった。お節介なルームメイトによって、自分たちの生きている時間がいかにあっけなくなくなってしまうのかということと、完璧だと思っていた自分の振る舞いが綻びだらけだったという事実を。
 そして何より、自分が夢の中で母親に謝罪していたという事実は今のイザークがくだらないと無視するには余りにも大きすぎる事柄だった。
「お坊ちゃまの典型だと・・・」
 ふざけたことを言いやがって、と思う。だが確かに何も知らないころの自分は無邪気でわがままだった。そして疑問も不満もなく幸せだったのだ。
 そう――。今の自分は疑問を抱えている。これまで思いつくこともなかった疑問をアスランに出会って抱くようになった。
 偽りの人生を生きる自分の存在は意味があるのだろうかと。偽り続けた先に何があるのかと、それを考え始めると底なし沼で足を奪われるような気持ちになった。だからアスランに勝たなければいけないと、アスランより上に立つことを強く自分に課したのだ。そしてまだその答えも結果もイザークは手に入れていない。
「願望・・・」
 あの夢に潜在的な願いが表れているのだというのなら、自分は女として振る舞い、アスランと手をつないで笑いあうことを望んでいるというのか。
 違う、と否定する声が頭の中に響く。それは母の望むとおりに作り上げた男としてのイザーク・ジュールの理性がさせているものだった。以前ならそれが全てでディアッカの戯言など一蹴して終わっていただろう。
 だが今は違った。
 アスランと手を取り合う自分を想像することに拒絶の感情は起こらなかった。三度、アスランの腕の中に抱きしめられたことがずっと忘れられないだ。潜在的な願いだというのなら、目が覚めて零れ落ちた涙は幸せの涙のはずなのに、胸が苦しくて堪らないのはどうしてなのだろう。
「叶わないから夢を見るんだ」
 現実にはありえないことなのだ。女として生きることも、アスランの隣に立つことも。けれど、いつ死ぬか分からないのだと思えば、それを望んでしまう自分をもうこれ以上騙し続けることはできそうになかった。
「ごめんなさい・・・」
 子供のように口にするとまた涙が溢れてきた。胸のうちには母親への申し訳ないという気持ちよりもずっと強く、たった一人の少年への思いでいっぱいになる。
「アスラン・ザラ」
 小さな声は少女が愛しい人の名を呼ぶように柔らかい音色だった。







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