「具合どうよ」
 部屋に入ってくるなりルームメイトは口を開いた。今はまだ医務室で寝起きしているからディアッカは現在一人部屋だ。
「あぁ問題ない」
 たしかに顔色はいいから体調に問題はないのだろうとディアッカは思った。だがどこか表情がさえないと思うのは気のせいじゃないだろう。
「ていう顔には見えないけど。なんかあったわけ?」
 しばらく沈黙を保っていたイザークは小さく息を吐くと低い声で言った。
「夢見が悪かった・・・自分がありえないことをしていたんだ」
 女として振舞うなど、アスランとデートをしているなんて、たとえ夢の中でもありえない話だった。
「ありえないこと?連合のモビルアーマーにでも乗ってたのかよ」
 からかうようにいうのはイザークがあまりに深刻な顔をしていたからだ。
「自分がしてはいけないことを・・・許されないことをしていた・・・」
 イザークが女として生きることは許されないことだった。そしてそれを誰かに知られることも。
 その生真面目な言い方にディアッカはあきれて肩を竦める。そして言ってやった。
「夢ってのは自分でも気づかない願望が現れるって話だぜ。許されないことってのが何か知らねーけど、潜在意識ではそれを望んでるっつーことなんじゃねぇ?」
 願望、という言葉にイザークは表情を揺るがせた。青い目を瞠る。それにディアッカは見覚えがあった。アスランの呼び出しから戻ってシャワーを浴びた後、ずぶぬれになっていたときと同じ顔だった。
「なぁ」
 ディアッカの声にイザークは耳だけを傾ける。
「ずっと思ってたんだけどさ、お前、なんか無理してねぇ?」
 それにイザークは特別な反応はしない。ディアッカも構わずに続けた。
「昔はもっとわがままで自分勝手なお坊ちゃんの典型ですっげー迷惑とかも思ってたけど、でもその分なんつーか真っ直ぐっていうか屈託ない感じでさ、昔馴染の立場で言わせてもらえばその方がお前らしくて好きだったんだけど。ここで再会したら全然別人て感じで聞き分けよくって拍子抜けしたんだよな。んで、物足りないっていうかさ」
 それまでずっと思っていたけれど言わずにおいたことをディアッカは口にしていた。
「勝手なことを言うな」
 顔をあげずイザークは言う。睨むような顔をされるのかと思ったディアッカは少し驚きながらもまだ万全じゃないからなのかと思った。
「そりゃ勝手かもしれねーけど。オレだって何も無けりゃ言わねーよ。熱出して何日も寝込むなんてらしくないことされたあげくにそんな話を聞かされちゃ苦言の一つも言いたくなるだろ」
「夢に願望が表れているのが仮に本当だとしても、貴様は夢の内容は知らないんだ。どんな夢かなんて分からないのにそれがどうして無理をしているなんて話になるんだ」
 強硬に突っぱねようとするイザークにディアッカはこんどこそ盛大なため息をついた。それはあきれるというよりはどちらかというと仕方ないなという意味合いだ。
「『ごめんなさい、母上』って寝言、偶然聞いちゃったんだよ。うなされてるみたいだったけどな」
 それにイザークは絶句した。高熱のせいだろうか。そんなことを自分が言うなんて思えない。母親に謝らないといけないことなど何もないはずだ。彼女の願いどおり秘密を守りながらずっと男として生きてきて、今も望むとおりにアカデミーに籍を置いているのだから。
 だが同時に、イザークが母親に謝らなければならないようなことは一つしかありえなかった。イザークはたった一つ、共犯のように抱えた秘密で母親と繋がっているのだから。それに行き着いたからこそイザークは何も言えなかったのだ。
「・・・」
 黙ったままのイザークにディアッカは続けた。
「それにさっきの話を聞かされたら、エザリアおばさんとの間の約束かなんかを破ったとかっていう夢なんじゃねーのかって思ったわけ。どんな約束かは知らないけど、お前の変わりっぷりと無関係でもないのかと思ってさ。ほんとは昔みたいに自由にしたいのに無理してんじゃねぇの?これでも人間観察は得意な方だと思ってるんでね。自分に厳しすぎでしょ、お前さ。コーディネーターだってロボットじゃないんだ。もっと歳相応にしたっていいんじゃねぇの?」
「歳相応・・・」
「そ、成績優秀、品行方正、規律遵守にクールビューティで付け入る隙はまるでなし。自分と同じ歳なのに出来すぎで気持ち悪いくらいだからな。いっそロボットだと思ったほうがやりやすいって最初のころは思ってたんだぜ」
 言われたことはイザークがいつも自分に課していることだった。人に隙を見せないことを満たすにはどれも必要なことで、クールであることは人を寄せつけないための最良の方法なのだ。





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