起きると頭が真っ白で。一瞬あとにつぅっと涙が零れた。それが夢の内容のせいなのかどうかわからないけれど、胸が苦しくて溢れる涙を抑えるのに必死だった。見慣れない天井が医務室のものだとわかるまでにはそれからさらにしばらく時間を必要とした。
「気がついた?ここは医務課の個室よ」
 声に続いて淡いミントグリーンのカーテンが開く。姿を現したのはアカデミー専属の軍医の女性だ。
「・・・はい」
 慌てて顔を拭いながら答えると困ったような顔をされる。
「何か・・・」
 上半身を起こしながら尋ねると仕方ないというように女医は切り出した。
「君は常用している薬があるのね」
 カルテを手に尋ねるというよりは確かめるという口調で、イザークは黙って頷くしかなかった。
 自分が倒れた理由はわかっていた。三日以上も薬を飲まなかったことなどこれまでの人生でなかったことだ。そこへアスランとの極度の緊張を必要とする共同生活でストレスがかかり、それが原因で異常を来たしたのだろうことは火を見るより明らかで、けれどそれで意識を失うほどの状態になるのはさすがに予想を超えていた。自分の状態が落ちついているということは「必要な処置」を施されたということなのだ。
「高熱の原因がわからなかったからご家族に事情をお聞きしたわ」
 事情――。
 覚悟を決めたようにイザークはごくりと喉を鳴らした。
「・・・安心して。私のほかは誰も知らないから」
 それは即ちイザークの秘密をこの女医は知ったということだ。
「今まで薬を切らすことなんてなかったそうじゃない。それがどうしてなのかしら」
 意味深な視線にイザークは戸惑って下を向く。知らずに汗をかいた手のひらを握り締めていた。
「まぁいいわ。理由がわかれば問題ないから。点滴をしておいたから時間をおけば大丈夫でしょう。念のため明日一日は安静が必要だという報告をしてあるけれど」
「明日一日・・・」
 ぽつりと口にしたイザークに女医は重ねて告げた。
「必要ならここにいてもいいわよ。寮に戻るのに気が進まないなら」
「そうします」
 やけにあっさりと言われて軍医は拍子抜けしたように少年を見つめた。
「何か問題がありますか」
「いえ、ないわよ。それじゃあ教務課にはそのように報告しておくから」
 アカデミーの生徒と現役の軍医といえば上官と部下よりも遠い関係だが、この医務室に勤務しているという職務の性質上かその医者は生徒に厳しく接するつもりはないようだ。
「・・・一つだけ忠告しておくけど」
 軍医の言葉にイザークは視線をあげる。
「ザフトの軍人として生き残りたいのなら二度と同じ失敗はしないことね」
 戦場で薬が切れたからといって体調を崩していたらそれこそ命取りだ。ここはアカデミーでまだ戦場ではないからこうしてベッドの上にいることができる。だが、ここが戦艦で薬が手に入らないとしたら・・・軍人として失格どころの話では済まない。長く薬を切らした体がどんな症状になるのかさえ未知なのだ。それは致命的な欠陥といえた。
「わかっています」

 カーテンが閉まるとイザークは拳を握り締めた。
 こんな失態・・・。
 もうすぐ最終試験がある。それまでに自分は元の通りのイザークにならなければならない。何もない、何も知らないただのイザークに。そうでなければ自分が自分でなくなってしまう気がしてイザークは怖かった。人の挙動に惑わされて必要なことさえできなくなるなどあってはならないことなのだ。
 秘密を抱えて全てを欺いて生きるには自分は心を封印しなければいけない。感情に流されてしまうとどこでミスをするか分からないし、付け入られるかもしれないから、常に感情を抑えて理性だけで生きるようにずっと自分を律してきた。それはアカデミーでも同じはず、だった。
 それなのに――。







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