その変化は誰の目にも明らかだった。

「嘘だろ・・・」
「てかマジぃ?」
「信じられませんね」
 あっけなく勝敗が決まり呆然としたのは模擬戦をしていたイザーク本人ではなくそれを見ていた同級生たちだった。とりわけいつも一緒につるんでいる面子はにわかには信じられずにことの成り行きについていけないでいる。
 シミュレーターによるモビルスーツの宇宙戦プログラム。もうすぐ宇宙での実習を控えた今日はコンピュータではなくクラスメイトが対戦相手となっている。そして成績二位のイザークの相手は当然ながら主席のアスランだった。
 一位と二位の二人はいつもはかなりの接戦だ。イザークの粘り強いというかしつこい性格にアスランが振り回されてギリギリの勝負を繰り広げる。今日もそんなことなのだろうと思っていたメンバーたちはあまりの展開に言葉を失い、そしてその態勢を立て直す間もなくイザークは負けた。
 あっさりと。
 ほとんど防戦するだけで手一杯という様子で、その時間は5分もかからなかった。
「イザーク・・・」
 プログラムを終えてシートを降りたイザークは顔を上げようとしない。それを見ていたディアッカは昨日のことを思い出した。そしてすぐさま対戦相手の席を見る。ゆっくりとシートから立ち上がるアスランは勝ったというのに何故だか浮かない顔だった。
「どうしたんですか、二人とも」
 ニコルが首を傾げるのにラスティも同意する。
「なんかどっちも負けたみたいだね」
 勝負の時間が短かったからアスランの得点も大したことはないが、それにしても勝てば成績にはプラスされるのだから落ち込む理由は見当たらない。
「アスランはともかくイザークが変じゃなかったですか?」
「そういえば・・・いつもよりずっと口数少なかったかも」
 ニコルとラスティの会話にディアッカも頷く。
「確かにな」
「いつもあんまり話さないけど、今日のはなんか違ったな。話しかけられるのにビクビクしてるっていうか・・・。いつもは自信満々なオーラなのにさ、今日は存在消してたみたいだよね」
 相変わらずにラスティの指摘は鋭い。ディアッカはすっかりラスティを認めていた。自分ほどではないにしろ、イザークの微妙な変化に気付くくらいにあの気難しい少年を理解している。イザークの本質を理解する存在が増えるというのはイザークにとってもディアッカにとってもマイナスじゃないはずだった。
「おかしいのは昨日からだ」
「昨日?」
 一緒にいたニコルが訊き返した。一瞬考えてからディアッカは切り出す。
「アスランに呼び出されて帰ってきてからちょっとな」
 具体的な様子は言わなかったが、同室者であり一番の理解者とされているディアッカが言うのだから誰もがそれは本当だと信じた。
 ディアッカの言葉にラスティは「ふぅん」と反応を見せる。

 昨日の夜。
 軽く押したつもりの背中はラスティの思った以上に強くその言葉を受け止めたらしく、、アスランはイザークに会いに部屋を飛び出していった。部屋に直接行ったのか途中で通信で呼び出したのかはわからなかったけれど、とにかくアスランは話をしたのだろうと思う。なぜならあのままアスランは消灯時間を過ぎても戻らなかったのだから。点呼なのに、とラスティは思ったけれどそこはやっぱりアスラン・ザラだった。点呼に顔を見せないなど普通なら規律違反を問われる可能性のほうが高いのに、日ごろの成績と品行のおかげで「シャワー中」というラスティの一言で不在を疑われることもなく済んでしまった。
 そしてアスランが戻ったのは真夜中過ぎだったらしい。ラスティはもう寝てしまっていたから微かな物音でうっすらと目を覚ましたのだが、アスランの気配がしたのを確かめつつも何も訊かずにすぐに眠ってしまった。なぜならロックされている寮の入り口をどうやって開けたのかというのはアスランに対しては愚問だったから。
 そのまま朝起きたときには、一見いつも通りのアスランに戻っていたからなんとなくラスティは事の成り行きを聞き出せないままだった。アスランのヘタレぶりから考えると呼び出せなかったなんてことも考えられたけれど、あんなに遅くなったということは呼び出すことはしたんだろうとは思う。しかもイザークの異変ぶりからすると本当に言うことは言ったらしい。だけど成否はどうも芳しくないというのは二人の態度からさすがにラスティにもわかった。

「やっぱりイザークだからなぁ」
 ラスティの言葉にニコルとディアッカが振り返る。
「何か知ってるのか?」
「ラスティ?」
 二人同時に訊ねられてラスティは慌てて首を振った。
「べっつにー」
 この二人なら話してしまっても構わないだろうけれどラスティはなんとなく今はまだそのタイミングじゃないと思った。
 とりあえず、キューピッドとしてはアスランからの事情聴取が先決だしね。






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