君と僕のあるべき場所で




 何が起きたのかわからない。
 何があったのか覚えていなかった。
 
 だがそれは一瞬だけのことで、自分の身に起こったことを忘れ去るにはイザークは優秀すぎた。
 いっそきれいに忘れてしまえればと心の底から思う。


「どうしたんだよ、イザーク?」
 同居人として適度という以上に気がつくディアッカは早々にイザークの異変に気がついたらしい。
それもそうだろう。常に何かをしていないと落ち着かないイザークがさっきからベッドの上で膝を抱えたまま動こうともしないのだ。
「おい、イザークってば!」
 大きな声をかけられて漸くイザークは顔をあげたが、その顔は酷く冴えなかった。
「あぁ・・・何か言ったか」
 らしくなくぼんやりと聞き返されてディアッカはますます違和感を覚える。いつも気を張って隙をみせないのにこんなイザークは見たこともない。
「何かってそれはこっちのセリフだっつーの!どうしたんだよ、ぼーっとして。アスランと何かあったのか」
 ディアッカは気がつかないフリをして聞いてみた。
 アスランに呼び出されて部屋を出て行ったのはかれこれ一時間ほど前だ。それから戻ってきたイザークは何も言わないままシャワーブースに駆け込んで頭から水を被ったらしい。ろくに拭きもせずベッドに上がったから今でも水滴が制服を脱いだアンダーシャツの肩に落ちている。『アスラン』の名前に反応してイザークは青い目を思い切り見開いた。訊ねたディアッカが動揺してしまうほどにガラリと顔色が変わる。
「何も・・・あるわけないだろう」
 ものすごく抑えた声のトーンが逆にディアッカに異常を伝える。ルームメイトでなければ気付かないであろうくらいの震えはクールビューティと言われるイザークの鉄面皮ぶりを台無しにしてしまっていた。
 実際、イザークはさっきからディアッカを真正面から見ようとはしていない。正々堂々を信条としているイザークにしてはおそろしくらしくない状況だ。だがそれを問いただしたところで何もいわないのはイザークの性格から明らかだった。
 何もないわけがない。
 頭から水を被るなんてどう考えても普通じゃなかったが、ディアッカはイザークのルームメイトだ。立ち入ってはいけない領域はよく理解している。
「ならいいけど。髪の毛・・・拭けよ、シャツびしょびしょだろ」 
 タオルを放り投げてやるときちんとそれを受け止めて濡れた銀色の髪を絞るようにする。あまりに素直な反応に戸惑いながらもディアッカはそれ以上何もいわなかった。きっと何かあったとしたのなら明日になればわかる話なのだから。

 受け取ったタオルで髪の毛の水分をあらかた吸い取るとベッドの上に濡れたタオルを放り出す。
 アスランと・・・。
 胸のうちで無意識にその言葉を繰り返してイザークは噛みしめた。怖いくらいにくっきりとその感触が残っている唇を。

 この世界はニセモノだと思ってきた。 
 それは、今も変わらない――。







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