なんとか訓練を終えてシャトルはプラントに向かっていた。イザークはアスランとは離れた席についてその顔など見ていない。 昨日は一睡もできなかった。今日はもう離艦だとわかっていたからよかったものの、もし訓練の途中だったらと思うと冗談じゃないと思う。 あんなこと、二度とないと思っていた。あってはいけないと思ったから気をつけていたのに。 イライラする気持ちと妙なドキドキがイザークを落ち着かなくさせていてどうやって精神コントロールを図ってみてもそれは収まらなかった。アスランの瞳の深いグリーンが網膜に焼きついたみたいにことあるごとに思い出した。食堂で順番に並んでいたときも、シャワーを浴びようとブースに入ったときも、頭から毛布を被ったときも。間近で見たあの色が忘れられずに、鮮やかに脳裏に蘇るのだ。 自分の目の前で人の顔を見ることに免疫がないのが理由なのだ、とイザークはずっと思っている。そう思うことで納得させてとにかく落ち着きを取り戻すように努めてきた。だが、昨日からずっとイザークは少し早めの脈拍と変に汗ばむ手のひらが収まらないのを気にしていた。もしかしたらずっとよく眠れないで来たからそのツケなのだろうかとも思ったが、いずれにしてももうシャトルは帰路についていたし、もう帰る以外にできることもなかった。もう少しでゆっくりと眠れる。なれたルームメイトとの寮の部屋に戻れるのだと思うと、気を抜けなかったはずの寮生活がずっとマシだったと思えるから不思議だった。とはいってもアスランとの同室など考えられる限りで最悪なパターンなのだから、それに比べたらどんな状況でもずっと恵まれていることになるのだが。そう思いながらイザークは長い道のりに備えて軽く仮眠を取るべく腕時計のアラームをセットしてシートの背もたれに体重を預けた。 異変はシャトルで目覚めたときから起こっていた。仮眠を取れば楽になると思った体は逆に酷い不調を訴えた。鼓動は早いし、頭がぼぅっとしている。手のひらも指先も熱い気がしてやけに喉が渇いていた。だがイザークはこの期に及んで体調不良を言い出せるはずもない。もうすぐでアカデミーに戻るというのにその直前で醜態をさらることなどプライドにかけてもできるわけがなかった。 シャトルを降りてバスに分乗するとさして時間もかからずにそれはアカデミーのゲートへと到着した。必死に具合の悪さを隠しながらイザークは周囲と変わらずに荷物を持って歩いていた。常日頃からポーカーフェイスを貫いてきたイザークはちょっとのことで周りの人間に気づかれるようなこともない。 だがそれも限界だった。 ちらちらと世界が変にまぶしい。地面がぐにゃりと曲がっているようで体の平衡もわからない。ただ自分の感覚を信じてまっすぐに歩くしかなかった。 あと少し。 ゲートを通ってエントランスが見えた。部屋にたどり着けばディアッカならなんとかする、だからそれまで気づかれてはいけないんだ、そう自分に言い聞かせる。そうしてイザークはともすれば手から零れ落ちていきそうな意識を必死に押しとどめた。寮のエントランスには先に解散したチームの生徒たちの姿が見える。その中に見慣れたルームメイトの姿を探す。そこにディアッカがいれば強引に肩を借りてでも歩けるはずだ。そしてその姿ははっきりとイザークの視界に入ってきた。 あぁ、これで大丈夫だ。 そうしてほんの少し緊張が解けたイザークはゆっくりとその足を踏み出した。 「イザーク!!」 その状況でそこまで普通にたどり着いたのは人並み以上のイザークの精神力があったからこそだろう。ディアッカが叫ぶのと人形が倒れるようにその体が地面に向かって崩れ落ちるのとはほぼ同時で助けようと駆け寄った同僚の手も届かなかった。一瞬遅れて後ろから歩いていた気がついたアスランがその腕を伸ばすようにして美しい顔を床に打ち付けるのは免れたが、そのアスランが驚きを隠さずに大声を出した。 「イザーク、こんな熱・・・っ」 アスランの声に反応することなく、腕の中でぐったりとイザークは意識を失っていた。 -19- |