「イザーク、データを・・・」
 無重力下での訓練も最終日を明日に控え、生徒たちは戦闘データのチェックとフィードバックという課題を与えられてそれぞれこれまでの自分のログデータを振り返りながら分析していた。自分のデータだけでは足りない場合は一緒に組んだパイロットのデータでフォローも必要になる。それが必要になりアスランはルームメイトを振り返った。
「いつのだ」
 キーボードを打ちながら声だけで答える。
「3日前の」
「少し待て」
 チェアを回転させてアスランは待つ。イザークはいくつものウインドウを操作して必要なデータをディスクへと落としていく。夜は相変わらずよく眠れないから十分とはいえないもののなんとか最低限の睡眠量は確保しながらイザークは何とかやってきた。薬をなくしたせいか体のだるさはいつまでも残ってその疲労はまるで本で読んだことのある根雪のようだと思ったが、今のところ体調に大きな変化はなくてこのまま何事もなくプラントに戻れるだろう、そんなふうに思い始めていた。
 マシンからメディアが吐き出されてそれを取り上げると渡そうとして立ち上がる。
「あっ」
 振り向きながら体の向きを変えたイザークは急にめまいを起こしてバランスを崩た。それに反応したアスランはとっさに立ち上がりながら腕を差し出してその体を受け止めようとする。だがチェアの脚に爪先を取られ転ぶようになってしまった。
 ガンッ
 とっさに邪魔なチェアを蹴飛ばしながらイザークを抱き込むようにして脇にあるベッドに倒れこむ。硬めのマットレスに背中を打ちつけながらイザークはアスランの下でめまいと衝撃から意識を取り戻した。
「っ!」
 すぐ目の前に、アスランの顔があった。
庇われた体はアスランの腕の中で下敷きになっていて、その唇がイザークの頬に触れそうになっている。髪の色と同じ、藍色の長い睫毛が見えてふっと目が合った瞬間、イザークの体中がカァッと沸騰した。
 !
 反射的にアスランの体を突き飛ばすと勢いよく起き上がる。弾き飛ばされたアスランは受身を取ることもできずに思い切り床に尻餅をついた。
「イザーク!」
 アスランが起き上がるよりも早くイザークはベッドから立ち上がり廊下へ続くドアのスイッチを叩き壊すようにして飛び出していく。呆然とするアスランと受け取るはずのディスクだけが床の上に取り残されていた。

 アスランはどうしたらいいのかわからなくなっていた。
 全部、自分のせいなのだ。
 突き飛ばされた瞬間、イザークの表情を見た。怯えるような怒るような顔をしていて、彼がまだあのときのことを引きずっているのがわかった。
 今だってそんなつもりじゃなくてただ反射的な動きだった。だけどイザークをあんなふうにしてしまうのは自分の行動が原因なのは明らかだった。
 あの日のことを後悔するのはもう何度目だろう。イザークのことが気になりだしてからずっと、失敗ばかりしている。
「やっぱり俺がいけないんだ」
 イザークを好きになったのは、アスランにとって初恋だった。
 だからどうしていいのかわからないで空回りして相手を困らせてばかりで。そしてすべてうまくいかない。
 これまでどんなことでも問題なくやり遂げることができたアスランは初めて挫折のような気分を味わっていた。物事は間違っていなければなんでもうまくいくものだと思っていて、自分が間違うことなどなかったからうまくいかないことなんて一つも知らないで来た。だから好きな人に気持ちを伝えることは何の問題もないと思った。言われた側がどう思うかだとか、二人の関係がどうなるかだとか、そんなことはまるで想像もしないで、ただ間違ったことじゃないからという理由で、自分が我慢しきれずにその衝動のままに。
「自分勝手過ぎたんだ」
 イザークは初めて出会う自分に近い存在だった。優秀すぎるがゆえに遠巻きにされてきた自分と対等に渡り合える少年。だから自分のしたこともわかってもらえるだろうと、そんな思い上がりがあったのかもしれない。結局こんなことになってしまって全てが間違いだと気がついてももう手遅れで、イザークと自分との関係はぎこちなくなってしまった。そのうえイザークは眠れないらしくいつ体調を崩してもおかしくないくらい明らかに疲労が取れない様子なのだ。
 イザークから呼び出されて売り言葉に買い言葉のようになってしまったけれど、こんな風になってしまってはもう自分の気持ちを証明しようなんてことは考えられなくなっていた。また自分が行動することでイザークを困らせたくはない・・・。
「ごめん・・・」
 アスランは臆病さがずっとしがらみとなって、自分の行動をイザークに謝ることすらできずに腫れ物に触るように同居生活を送ることしかできなかった。
 しばらくして課題を残したままだったイザークは部屋に戻ってきたがアスランの存在すらないかのように無言のままだった。アスランはそんなイザークに声をかける勇気もなくてきっかけもないまま消灯になり眠りについた。そのまま丸一日以上アスランとイザークは一言も言葉を交わすことなくそのチームでの訓練は終わりを告げた。






-18-


NEXT


BACK