「・・・ーク、いないのかイザーク?」
 不意に自分の名を呼ばれてイザークは慌てて振り返った。部屋の入り口にはアスランの姿。自分の同居人なのだからそこにいるのはあたりまえなのだが、搭乗機の整備をしているアスランは当分部屋には戻らないと思っていたからイザークは油断していた。手にしていたものを慌てて背中に隠しながら何事もないように振舞う。
「なんだ」
 その声は不機嫌だったがアスランは気にするわけでもない。二人が同室になってしまってからずっとイザークの機嫌がいいときなどなかった。
「整備班が探してた、ログのDLがロックかかってるからって」
「わかった」
 慌てるように部屋に戻ったから思わずロックをかけてしまったのだろう。イザークは自分に関する情報の管理には人一倍神経を使っているから、ついくせで無意識にロックしてしまうのだ。
「すぐに戻る」
 言いながらイザークは後ろ手にしたものを見ないままデスクの引き出しを押し込む。その動作に気づいたアスランが問いかけた。
「どうかしたか」
「なんでもない」
 舌打ちをするようにしてデスクから離れると脱いでいた上着をベッドの上からつかみ上げて歩きながら袖を通す。
「寝るつもりだったのか」
 通りすがりざまにアスランが聞いた。
「なんでそんなことを言う」
 チラリと睨みながらイザークは柳眉を寄せて制服のホックをとめていく。
「急いで戻ってたから・・・仮眠でも取るのかと思って」
 自分の行動を監視されていたことにあからさまに機嫌を悪くしながらイザークはそれ以上なにも言わなかった。
 そして、イザークが隠そうとした物が誤ってデスクの脇にあるゴミ箱へと落ちてしまったことには二人ともが気づかないままだった。
 
 
 いくら探しても見つからない。
 同室者がシャワーを浴びている隙にバタバタとあちこち収納を開けてみてもやはりそれは見つからなかった。
 最後の記憶は昼間アスランが自分を探しに来たときだ。手にしていたものを隠してしまい込んだはずなのにその場所に目的のものは見つからなかった。それ以外に心当たりを片っ端から探しても見つからない。誰にも見つかってはいけないものだから滅多なところには置かないだけに見つからないのはおかしい話だ。だがいくらルームメイトだからといってアスランに探し物があるなどと言うわけにもいかない。たとえそれがディアッカだとしても聞くことはできないだろう。イザークが探しているのは毎日飲み続けている特別なクスリなのだから。
 どうしよう・・・どうしたらいい。
 イザークは軽いパニックに陥っていた。あれがなければ自分がどうなってしまうのかわからないのだ。ホルモン剤を切らせた自分の体がどうなってしまうのか、それはイザークにもわからない。とにかく一日も欠かすことなくずっと飲み続けているものがなくなったらしいというのは確かで、そしてここが宇宙の真ん中の戦艦である以上すぐに補充することができないのも明らかだった。アカデミーで訓練中の学生宛には荷物の送付も禁じられていたから取り寄せることもできない。訓練はあと5日。そしてそれから帰還に丸一日を要するから6日以上はクスリが手に入らないことになる。
「とにかく気をつけているしかない・・・」
 もし何か変化があったときに気づかれないようにするくらいしかできることはない。
 あぁ、だけど、どこになくしたんだろうか。誰かがこの部屋に入ったということはありえない。だがアスランが人のものを隠すなんてするとも思えない。だけど、あれがどんなクスリかは調べればすぐにわかるから、それを必要としている自分のことがわかってしまったのかもしれない。まさか・・・。
 バタン、と音がしてシャワールームのドアが開いた。濡れ髪のアスランがアンダーウエア姿で現れる。
「どうかしたのか、イザーク?」
 様子の違いに気がついたアスランは気遣うように聞いてきたがイザークが事情を正直に話せるはずもない。だがどうしても確かめないわけにもいかずに口を開く。
「ダストボックスが空になってるのは貴様が?」
「あぁ、そういえば君がいなかったときに、溜まっていたからダストシュートに・・・何かまずかった?」
 だとすれば、もしかしたらゴミにまぎれて捨てられたのかもしれない。今は壁際にあるダストボックスはデスクの近くにあったはずだ。理由がわかったと同時に絶望的な気分になりイザークはベッドに座り込んだ。
「イザーク?」
「なんでもない」
 アスランのしたことは共同生活においては当たり前のことでそれを責めるわけにもいかない。むしろ自分の落ち度なのだから責めるべきは自分だった。手を組んで床を向いているイザークに気づかれないようにアスランは小さくため息をついた。






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