アスランと同室になってから4日後。イザークはついに何度目かの擬似戦闘配備で出撃したときにはあろうことかエネルギー切れを起こすというミスを犯してしまうことになった。
「イザーク」
 キャットウォークで一人佇んでいたルームメイトにアスランが声をかけた。だがイザークは答えない。
「・・・もしかして眠れてないのか」
 その言葉にイザークはきつい視線で睨んで返す。
「夜中に寝返りばかりしているみたいだし、何度も起き出してたりするようだから・・・」
 本当は最初からアスランは気がついていた。だが余計なことを言うのはやめようとこれまで思いとどまっていたのだ。イザークとの同居生活は予想通りに窮屈なものだった。それはイザークからはっきりと宣言されたアスランだけじゃなく言った側も同じようで、必要以上の遣り取りはなく、今までなら僅かな自由時間にどんな相手とだって交わしてきたとりとめのない会話すら禁止されているかのように皆無なのだ。好きな相手と同じ部屋だというのにそれがこんなにも息苦しいだなんてアスランにとっては酷い皮肉だった。だが、会話がないからこそ相手の気配や行動が気になってしまうものなのだ。
「貴様には関係ない」
 自分の体調管理もできないなど軍人として失格だとイザークはいつもいっている。その自分が睡眠不足で集中力を欠いた挙句に戦闘中にエネルギー切れに陥るなど、許せるはずもないミスだった。そしてそれをアスランに指摘されたのだから尚更に腹が立つ。
 イザークの願いはとにかくアスランには自分のことを構わないでほしい、それだけだった。
「ルームメイトの健康状態に無関係というわけにはいかないよ」
 当たり前のようにアスランは言い、それがイザークの気に障る。
「俺は健康だ」
「なら、なんで君の集中力がそこまで落ちるんだ」
 訓練中のパイロットのデータの一部はサンプルとして場合によっては公開される。今日のイザークのミスはしてはいけないミスとして当然そのサンプルとされていた。
「貴様には関係ないと言っている」
 これまではイザークの集中力はときにアスランでさえ及ばないほどすばらしく高いレベルだった。だがこのチームになってから平均値でさえガタガタで今日の数値はパイロットの適正にギリギリの低レベルだ。
「関係ないというのなら普段どおりのパフォーマンスをしてくれよ。明らかに俺と同室なのが理由としか思えないから言っているんだ」
「黙れ」
 そういうとイザークは踵を返す。イライラとして気持ちを隠さないままイザークはアスランを置いてその場を去った。

 言われるまでもなく理由なんてわかっていた。
 眠れないのだ。
 そうじゃなくても秘密を守らなければならないイザークは人一倍ルームメイトの行動には気をつけているのに、アスランと同室になってそれまで以上にずっと気を抜けないでいた。いきなり襲われるなんてことはないとは思う。だが万が一にも寝ているときに近づかれたらと思うとそればかりが気になっていくら横になっても寝られなかった。女よりも美しいと陰で揶揄されているイザークだったがディアッカとの部屋は信用していたからそんな心配はなかったし、ここまでの二つのチームで同室になった奴も、近づいて来たら気配に気づかないような相手じゃなかったから気にしなかった。第一イザークは一目も二目も置かれていて、手ひどい怪我をするとわかっている相手に誰も手出しなんてするはずもない。
 だがアスランは違う。イザークが唯一敵わない相手だ。もし本気で寝入ってしまったら気配を消したアスランに気づかないかもしれない・・・、そう思うと絶えず警戒心が働いて眠ることなどできるはずもなかった。秘密を守るためという理由だけじゃなく、イザークはアスランの腕の中を思い出すとイライラと落ち着かない気持ちになって目がさえてしまうのだ。
「くそう」
 こんな自分が許せなかった。こんな風になっていることが耐えられなかった。
 だが今はどうすることもできないというのもわかっていた。もうこれ以上自分からは何もできない。あのときアスランに告げたことが解決策の全てで、それしか選択肢などありえないのだ。あの日呼び出して告げたことでイザークの中では全てはリセットされたはずだった。アスランが言ったことに売り言葉に買い言葉のようになってしまったことは計算外だったけれど、それだって何もできるはずなどない。だから元の通りにただ優秀な成績で卒業することだけを目標に日々を過ごせばいいのだ。
「負けてたまるか」
 アスラン・ザラに負けるわけにはいかない。自分は主席で卒業するという使命にも似た目標があるのだ。イザーク・ジュールはいつでも一番であり続ける、それが自分の目標であり、偽りながら生きていく自分の役割なのだから。
 
 だがルームメイトとしての問題に解決策など見つかるはずもなかった。卒業し、赤い軍服を纏う立場になればさまざまな優遇があるとはいえ、まだ身分は生徒でしかない。いくら成績優秀でその地位が約束されているとはいえ一生徒である以上特別扱いなど許されるはずもなく部屋割りについての苦情など受け付けられない。他の生徒に交換を願うという手段もないわけではなかったが、いかんせんアスランもイザークも人付き合いが得意ではないがために自分から誰かに頼むというのはできなかった。ディアッカやラスティあたりが居れば仲介してくれたのかもしれないが、いまは別のチームでそれも無理だ。結局イザークはよく眠れないままずっとアスランと同室で過ごすしかなかった。







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