実際、ディアッカはイザークとアスランの間に何があったのかなんて知らなかった。知らなかったけれど正直なところおおよその予想は付いていた。ディアッカは色恋沙汰においては平均以上の場数を踏んでいる自覚がある。だからそっち方面には気づくつもりはなくても気が付いてしまうのだ。そしてそれが同室のイザークのことであるならば尚更、相手がアスランらしいというのなら嫌でも気づくし気になってしまう。
 あの日アスランから珍しくイザーク宛に通信が入ってから二人の関係はおかしくなった。いや、おかしくなったのだと思う。断言できないのは二人がそれ以前にどういう関係だったかと聞かれるとディアッカもなんと言っていいのかわからないからだ。イザークはアスランに対して人一倍ライバル心を抱いていたのは確かだ。クールビューティで通ってはいたが、子供のころのわがままで負けず嫌いな性格を知っているディアッカにしてみれば、あの性格がたかだか数年でまるきり正反対になるとは思えないのだ。だから表には出さなくても心のうちでは成績で敵わないことを悔しがっていたのだろうと思う。そしてそれを気にしないフリをすることでイザークはプライドを保っていたんじゃないかと勝手に思っていた。
 だがアスランはどうなのかというとまったくわからない。彼に関してはメディアを通じての情報とニコルやラスティから聞く話と自分の見ている限りで判断するくらいなのだが、イザークに限らず誰とでも同じような態度で付き合い、優秀すぎるがゆえに物や人への執着はないらしいというのが間違いない範囲でのアスラン評ということになる。だからイザークの密かな敵意を感じていたとしても相手にはしていなかったはずだ。
   だが、あの日以来事態は変わった。いや、もしかしたらそれ以前にきっかけがあったのかもしれないと思う。
 だとしたらそれはあのサバイバル訓練でイザークが怪我をしてリタイアをしたときだ。怪我をしたイザークは怪我自体の手当てはきちんとされてあり、直接の原因はその後で無理をしたために発熱したことらしいという話だった。だが怪我をしたイザークが一人であるならばあの傷の手当を自力でするには無理がある。そこから自然に導かれる結論は怪我をしたとき、アスランがその場に居合わせて手当てをしてやったということだ。イザークの猛進についていけるのはアスランだけだし、岩場から滑り落ちたというのが本当ならそれを一人で助けられるのもアスランくらいだろう。
 けれどイザークはそのことについては何も言わなかった。そのまま入院したから話す機会がなかったのだが、ディアッカは一応気になって聞いてみたのだ。だが予想通り何も言わなかったから怪我の状況や手当ての様子については医者伝てに聞いたのだ。話さないのは怪我をしたことでプライドが傷ついているからだと思っていたのだが、アスランに助けられたということならば余計に話したくなどなかっただろう。
 そして、その場で何かがあって、アスランがイザークを呼び出した。
 話は繋がっていると思う。
 その翌日からイザークははっきりとおかしくなってアスランもどこかおかしくなった。二人が会話をしないのは相変わらずだけど、ディアッカからすれば不自然なほどにどちらも会わないようにしているのは明らかだった。いつのまにか忙しくなってそれからの二人を気にする余裕もなくなっていたが、ニコルに言われてそういえば、と思い出したのだ。いつだったか忘れたが、この訓練に入る前に消灯のギリギリまでイザークが戻らなかった日があったことを。
「まさかなぁ」
 ディアッカが想像したのは二人がそういう関係になったということだ。アスランには婚約者がいるし、イザークはアカデミー生に恋愛なんて必要ないと言って憚らないくらいなのだ。その二人が、なんてどう考えたって想像できない。婚約者がいるとはいってもアスランが恋愛を得意だとは見えないからイザークを落とすなんてありえないだろうし、その逆もまた然りだ。ディアッカの想像は一足飛びに二人の深い関係を仮定しているから、イザークがアスランをなんて・・・想像しただけで勘弁してくれ、と思う。
「どっちにしてもあと少しで卒業か」
 配属になればいつも一緒に居るメンバーとはおそらくバラバラになるだろう。優秀な人材を一箇所にまとめて置くなど考えられない。そうなればなんだかんだと気をもみながらも付き合ってきたイザークとも、正体のつかめないままのアスランともムードメーカーのラスティとも生意気なニコルとも、きっと顔を合わせることもないのだ。
「どうせならな」
 せっかく同じ期に入学した同僚なのだ。入学したときは知らぬもの同士でも卒業するときにはりっぱな仲間になるのだから、悩みがあるなら話くらいしてくれてもいいのにと思う。どうせまもなく離れ離れになってしまうのだ。弱みの一つくらい握られたところで困ることなんてないのに、自分の同室者はどこまでも秘密主義で貫くつもりらしい。 
「かと言って寝た子を起こす真似はしたくないし」
 今までイザークに対する接し方に間違いはなかった。だからトラブルらしいトラブルもなくやってこられたのだし、イザークも何も言わなかった。だがもし、もし自分の予想が百万が一にでも当たっていて、そのせいで困ってるなら少しくらいは手を貸してやるのになと思う。
「なんか預かり物のペットを手放す心境だな」
 ディアッカはそんな自分の思考回路に苦笑した。できるだけ厄介なことにならないようにとだけ考えてきたつもりなのに、いつのまにやら昔なじみゆえかほだされてしまったらしい。
「随分気位の高いペットだけどな」
 あれは猫だな、そんなことを考えてディアッカは慣れ親しんだ寮の廊下を歩きながら自室への最後の角を曲がった。 


「あぁやっぱり別?」
 発表されたチーム割を見てディアッカが言った。
「5チームですからね、一緒になるほうが難しいですよ」
 そういうニコルはラスティと同じチームだった。
「全部で3回編成が変わるんでしょ。だったら次はオレとディアッカが一緒になる気がする」
 ラスティはそんなことを言いながらひょい、とアスランのチームを確かめた。
「アスランはCか。で、イザークはAね。オレら以外はバラバラかぁ」
「チーム編成よりも目的宙域の方が肝心だ」
 そう言ってアスランは端末に早速情報をダウンロードしているらしい。
「都合3回で目的地5箇所ってことは行かない場所もあるわけだ」
 ディアッカは同じように調べながら分析を始める。
「取り立てて問題あるところはないようですけど」
 ニコルはそう言ってラスティと安心した顔になる。
「そんなことに浮かれている暇はない」
 イザークは通りすがりざまそれだけを言い残していった。チラリとニコルがディアッカを見る。それにディアッカは肩をすくめて見せただけだった。結局イザークとアスランがどうなのかとか何があったのかなんて聞き出せないままで、久しぶりに顔を揃えてみればまるであのぎこちなささえなかったことのようにイザークもアスランも振舞っていた。
「何かあるとしたらそんときはそんとき。きっとオレらの知らないところでだろ」
 だいたい二人が同じチームになる確率だって大して高くはない。アカデミーのあるこのプラントを発ってしまえばチーム替えをしたってすべて個別のシャトル移動だけで一同が顔を揃えることはこの一ヶ月間にわたる訓練が終わるまではありえない。だから自分たちがいくら気にしていたって何の役にも立たないのだ。
「それもそうですね」
「そういうことだヨ」
 どうやら話の内容を理解したらしいラスティはそういってウインクをした。二人のことを気にしているウォッチャーはいつの間にか全てを把握しているらしかった。






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