「迷惑だからだ。俺のことを理由にして結婚を断ったなんて話になったら俺の気分が悪い・・・。だいたい貴様の婚約は昨日今日の話じゃないんだ、なのに今さら断るなんてどうかしてる!」
 アカデミーに入る前からアスランには婚約者がいた。それは覆るはずのない決まりでプラントの誰もがそう信じている。その話が自分の存在を理由に破談になるなんてイザークにしてみれば冗談じゃなかった。
「今さらとかそんなの関係ないだろう!それに俺は君のせいになんてするつもりはないよ」
 嘘をつけ、とイザークは心の中で吐き捨てた。
「だったら何でニコルにあんなことを言った?はっきりと聞こえたぞ、ラクス・クラインの他に好きな人がいるってな」
 それが本当ならば、イザークの存在が婚約破棄の理由そのもののはずだった。
「それは・・・」
 そんなことまで聞かれているとは思わずにアスランは口ごもった。
「そもそも貴様は気まぐれを起こしただけなんだ。マリッジブルーていうのは男にもあるらしいからな。結婚が近くなって手近に居た俺にちょっと浮ついてみただけなんだろう?何しろ俺はアカデミーで一番女みたいだって言われてるのは知ってるからな」
 ふん、と鼻で笑って馬鹿にしたような口調で言う。
「だから忘れろと言ったんだ。今なら忘れて元に戻るだけだ。アスラン・ザラの約束された未来を傷つけることもない・・・」
「・・・じゃないよ」
「なに・・・」
「気まぐれなんかじゃない!勝手に決め付けないでくれ!!誰が気まぐれなんかで君を呼び出したりなんてするもんか、気まぐれなんかで君に・・・イザークにキスなんてするわけないよ!!」
 アスランらしくない姿を見るのはあの日の夜以来二度目だった。おとなしいだけの煮え切らない少年の知らなかった一面。それに戸惑いつつもイザークは自分のペースを失わないように努めた。
「なら、貴様は証明できるのか」
「証明?」
「気まぐれじゃないという証明だ。この間も冗談じゃないとは言っていたが・・・、まさかあれが証明だとは言わないだろうな」
 キスという言葉を避けてイザークは言った。本気だからキスをしてみせた。理屈としては通るかもしれないがイザークとしては認めるわけにはいかなかった。あんなことを、あんな自分を。
「そんなこと・・・」
「できないというのなら所詮はその程度だってことだ。全部忘れるんだな」
 視線を外してイザークは言う。あのときのことを思い出しそうになって慌てて自分をコントロールしようとしていた。
「じゃあどうすれ・・・」
「誰だ!?」
 警備の人間のものらしい誰何の声に二人は反射的にテーブルの下に身を隠していた。生徒たちがこの時間に何をしていようと自由なのだが、会話の内容を知られたくないという気持ちが無意識にそんなことをさせていたのだ。
「っ!」
 自分の状況に気づいたイザークはそこから抜け出そうとするができなかった。腕の中に抱きしめるようにしたイザークの口をアスランが手で塞いでいたのだ。
 紺色の癖毛がイザークの頬に触れた。横を向き背後からアスランが腕を回して気配を消しているのだが、その姿は傍から見ればイザークを抱きしめているようにも見える、そんな体勢だった。
 あっけなくアスランに抑えられてしまったことを思うよりも先にイザークは自分の心臓がドキドキとして息苦しくなっていることに気を取られていた。
 あの夜抱き寄せられたときと同じアスランの体温を直接に感じて体中の血が一気に蒸発するような息苦しさ。落ち着こうと深く鼻から吸い込んだ空気は知らないシャンプーのにおいがしていた。
「・・・行ったみたいだ」
 言われて初めて警備員の気配が消えていることに気づく。それと同時にイザークはできるだけ動揺に気づかれないようにさりげなくアスランから離れた。まだ心臓はいつもより大きく脈打っている。
「話の途中だったけど」
 立ち上がって制服の埃を払いながらアスランは切り出した。
「証明することが必要ならしてみせるよ。どうしたらいいのか今すぐには思いつかないけど必ず」
 きっぱりと言った姿をイザークはまともに見ることができなかった。
「勝手にしろ、俺の用件はもう済んだ」
 それだけ告げるとイザークは背中を向ける。何も気づかれないうちにそこを去ってしまいたかった。







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