ピーピーピーと壁に埋め込まれた通信機が点滅して着信を告げた。
 ラスティは不在で慌てて受信ボタンを押したアスランはその通信の相手がイザークだったことに驚いた。今日の午後に抜糸をしたらしいことはみんなから聞いていたけれど、相変わらずに避けているのか避けられているのかという状況でその姿は見ていなかったのだ。
『図書館で待っている』
 それだけ言うととイザークは返事も聞かずに通信を切ってしまった。確かにやらなければいけない課題も終わっていたから体が空かないという意味では不都合はなかったけれど、あれ以来まともな会話をしていない相手からの呼び出しは精神的には不都合だらけだった。どういうことなのだろうかと考えると底なし沼のように悪いことばかり思いついて、どうしたらいいのだろうかと思うとろくなアイデアは思い浮かばない。だからといってイザークからの呼び出しをアスランが断れるわけもなかった。

 暗い図書館の壁に寄りかかったイザークの姿はアスランにはすぐにわかった。
「イザーク・・・」
 自分が来ていることには気づいているだろうけれど名前を呼ぶことで到着を告げる。それ以外に続く言葉もなくてアスランは距離を置いてただ立っているしかできなかった。
「あ、怪我・・・抜糸したんだよね」
 思い出してから声をかけるが自分がその傷を負わせたのだと後から気づいて言葉はそこで途切れてしまう。
 アスランの口から小さくため息が漏れる。自分を呼び出したというのにイザークは何も話し出そうとしなくてなんだかとても息苦しかった。
「あのときの言葉は」
 不意にイザークが切り出してアスランは顔をあげた。自分を睨むように見ているまっすぐな瞳がそこにはあった。あの、泣き出しそうな顔が一瞬それに重なってアスランはどきりとする心臓を慌てて宥めるように手のひらを握り締めた。アスランと視線が合ったことでイザークは同じ言葉を繰り返した。
「あのときの言葉は・・・・・・忘れろ」
 だがそれに続いたものはアスランを酷く傷つけた。呼び出されたからにはそういうことを言われるのだろうと思っていたけれど、それでも直接に言われてしまうとそのダメージは予想をはるかに超えていた。覚悟していたしわかりきっていたはずなのに。
「忘れろって・・・、俺が忘れるっていうこと?」
 食い下がるように微妙なニュアンスを確かめる。相手の意図を正確に知るためにそれは譲れないところだった。
「そうだ・・・忘れるんだ」
 あのときの言葉、それが何を指すのかはお互いに確かめることをしない。たった一つしかないのだ、二人の間に特別な言葉なんて。
「なかったことにしようって言われるんだと思ってたよ」
 何もかもなかったことにしようというのがこういう場合の決まり文句なのだろうと思う。お互いにすべてを忘れるという暗黙の約定。なのにイザークは命じるようにアスランに向けて言ったのだ。
「俺の中ではあんなものとっくになかったことだ。大事なのは貴様が忘れることだからだ。貴様は自分の立場を理解していない・・・ラクス・クラインとの結婚を断るなんて許されるわけがないだろうが!」
 最後には声を荒げていた。それにアスランは驚いて、次にラクスとの結婚を断ろうとしていることを知っていたことに驚いた。
「イザーク、それどこで・・・」
「偶然廊下でニコルと話しているのが聞こえたんだ。貴様が断ろうとしているのは俺のことが理由だろう」
 アスランに否定する理由はない。ゆっくりと頷きながら、けれど睨み返すようにイザークを見る。
「確かにそうだよ。だけど、だからって君に命令される理由にはならないはずだ」
「理由はある」
 無意識に腕の包帯に触れながらイザークは続けた。





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