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「まぁ大丈夫ですか、アスラン」

 おっとりとした口調で問われ、アスランは苦笑しながら頷いた。

「えぇ」

 自分のマヌケな状況を思えば恥ずかしいくらいなのだが、相手がこの歌姫だとなんだかこちらまでのんびりとしてしまう。

「こんなこと初めてですわ。ネイビーちゃんはどこか具合が悪いのかしら」

 アスランが立ち上がりながら手にした紺色の球体ロボットの電源を切ると、ピンク色の髪の少女はなにやら深刻な顔で首をかしげた。アスランのことよりもハロの異常の方が気がかりらしい。

「最近何か普段とは違ったことをしましたか? 物に強くぶつけるとか、強い磁力に近づけるとか、水に濡らすとか・・・」

 基本プログラムにおいて人や障害物は避けるように組み込んであるのに、それを無視した動きに疑問を持ったアスランが聞いた。思い当たる範囲でたとえを上げるとラクスは考え込む顔になる。

 お茶を楽しんでいたテーブルに乱入した紺色のハロはティーセットともどもテーブルを破壊する勢いで飛び跳ねた。飛び散る熱い紅茶の飛沫からラクスを守ろうととっさに立ち上がって彼女を腕の中にかばったのはよかったのだが、アスランの頭から背中までは最高級の茶葉で淹れられた紅茶の色に染まっていた。幸い思ったほど熱くはなかったからヤケドということにはならずに済みそうだったが、ティーポットにはたっぷりの紅茶が入っていたらしく思い切りずぶぬれ状態だ。

「あぁ、そういえば、一緒にお風呂に入りましたわ」

 にっこりと笑いながら言うその言葉にアスランはあっけにとられる。

「風呂、ですか」
「えぇ、少し汚れていたもので・・・いけませんでしたか」

 どうやら、彼女にとって「この子たち」は本当に友達らしい。電子機械だという認識は低く・・・というかあまりないのかもしれない。そういえば、オカピというロボットにも相当最近まで乗っていたという話だった。どうやって説明したらいいのだろう。

「ええとですね、完全な防水にはなっていないのでお風呂に入れるというのはよくありません。これは精密機械ですから、水やホコリや衝撃で壊れてしまいます」
「まぁそうでしたの?」

 動かなくなった『ネイビーちゃん』を心配そうに見ながらラクスは驚いた顔をする。

「きちんとお話しなかった僕もいけないんですが、今後は気をつけてくださいますか」
「もちろんですわ。でも一緒にお風呂に入ったらとても楽しかったのに・・・もうできないのですね、残念ですわ」

 すこしがっかりした様子の少女についついアスランは流されてしまう。

「それでは次に来るときには新しく防水機能をつけたハロをお持ちします。それならばご一緒にシャワーでもプールでも大丈夫ですから」

 そんな機能をつけるのにどれくらい時間と手間がかかるのだろうと頭の中で算段しながらアスランは義務だけの婚約者に告げた。

「まぁ本当ですか!嬉しいですわ、アスラン」

 本当に嬉しそうに笑う顔はやっぱりプラントの歌姫だけあって、素直にかわいいんだよなーと思いながら、イザークになんて説明したらいいんだろうとちょっとだけ頭が痛い。「ラクスに贈り物を作る暇があるなんて随分と余裕だな」なんて嫌味半分焼きもちを焼かれて以来、ハロを作るのはやめていたのに。つい口から出た一言が自分自身を苦しめることになるなんて、すっかりペースを乱されてしまってやっぱり自分はどうもこの歌姫は苦手なのかもしれない。

「あらあら、私ったら気がつきませんでしたわ。アスランはすっかり濡れてしまわれて・・・そのままじゃいけません。シャワーをお使いくださいな、着替えもすぐにご用意しますから」
「え、あ、はい・・・すみません」

 一瞬、遠慮して早々に帰る口実にしてしまえ、という考えも浮かんだがまだ着て30分も経っていないのにそれはできそうもない。あまりに滞在が短いと次に来るタイミングを繰り上げないといけなくなるかもしれないという計算も働いて、アスランはラクスの言葉に甘えることにした。確かに砂糖の入った紅茶を浴びたらしい首の周りはなんだかベタベタしていて気持ちが悪かったし。








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