「遅いぞ」

 イライラと足を踏みながら気の短いイザークは限界ぎりぎりで車の横に立っていた。

「これでも急いだんだ」

 急に呼んだことに文句を言うわけでもなくアスランは肩をすくめる。

「乗れ」

 短く言うと自分は運転席に収まってエンジンをかける。まるで意図の読めないアスランはそれでも言われるままにイザークの隣に座った。

「で、どういうつもりなんだい?」

 まっすぐ前を向いているイザークの横顔にアスランは尋ねる。とっくにディアッカと寮を出たはずのイザークがいきなりエレカで現れて自分を呼び出したのだ。どういうつもりなのか訊く権利くらいあるだろう。

「帰る予定がないんだろう」

 紡ぎだされた言葉は意外なトーンだった。苛立っていたさっきまでとはまるで違う、人を気遣うような気配すらある。その瞳はまっすぐ前を向いているものの、運転にはそこまで前方を凝視している必要もないのだからこっちを向けないのかもしれなかった。

「それは・・・まぁ」

 こんなことで嘘をついたって仕方がない。この週末、アスランが寮に残るというのは誰もが知っていることだったし、その理由だって明らかなのだ。アスランには母の日を過ごす人がいない。たとえ家に帰ったところで仕事で忙しい父親は家になんているはずもなかったし、いたところで今更一緒に食事をするなんてこともないだろう。いつもの調子で淡々と答えるアスランにイザークはふん、と鼻を鳴らした。

「貴様に母親がいないわけじゃないだろう・・・、せっかくの休暇なんだ、墓参りくらいしたらどうなんだ?」

 意外すぎる言葉に今度こそアスランはイザークを見つめないではいられなかった。その白い頬に落ちる銀色の髪は相変わらずまっすぐだったが、照れているのかその髪をかきあげて耳にかけると、信号で止まっていたエレカのアクセルを思い切り踏み込んだ。

「イザーク・・・」

 アスランの声が聞こえていないのかイザークはカーブを曲がると車を歩道に寄せる。そしてブレーキをかけて停止させるとようやくアスランのほうを向いた。だが切り出した言葉は思っていたものと違うものだ。

「貴様の母上はどんな花が好きだったんだ?」
「え、花って・・・」

 言われてアスランが改めて車の止められた場所を確かめると、そこは花屋の前だった。さっきのイザークの言葉とこの状況で聞かれている言葉の意味を理解して、それから考え込む。










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