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「大丈夫ですか、アスラン」

 夕食の席でニコルはたずねた。
 結局、今日の訓練でアスランはリタイアになった。崖から落下しながら非常用のパラシュートとジェットエンジンを作動させ、地面への激突を避けることができたのはアスラン・ザラだったからだろう、とは教官の言葉だったが、らしくないミスにいよいよニコルは心配になった。

「あぁ…」

 まったく上の空で反応するアスランにニコルは慌てて声を上げた。

「アスラン!それドレッシングじゃなくて醤油です……っ!!」

 しかしニコルの警告も無駄に終わり、アスランのトレイの上、サラダが入った皿は見事に黒い液体が底にたまっていた。

「うわー」

 ラスティが惨状に同情し、それを認めたアスランも表情を曇らせた。

「どうしたっていうんです、一体。ここ最近のアスランはおかしいですよ?!」

 心底心配そうに言うニコルに、食べるのをあきらめてサラダの皿を脇によけながらアスランは曖昧にうなずく。

「おかしいって言われても…」
「イザークと何があったんですか? あなたが落下するなんて、らしくないですよ」

 目撃者によると、宙吊りになったイザークをアスランが助けたところまでは何もなかったが、その後登り始めようとしたアスランが突然手を滑らせるようにして落下したのだという。イザークが何か言ったんじゃないか、とはその目撃者の話だ。

「何がっていうか…」

 どこまでもはっきりしないアスランにニコルはついに切れた。

「そんな状態を続けられるとまわりの迷惑なんですよ。原因が分かってるなら改善してください。じゃないとこっちだって落ち着いてられないじゃないですか!」

 ばっさり、と一刀両断にされたアスランは手にしていたフォークをトレイに置いた。そしてしばらく考えてから、自分の言葉を待っているニコルに話を切り出した。

「イザークを助けてアンカーを打ち直したのを確認してから登ろうとしたら、イザークがお礼を言ってきたんだ…」
「お礼?」
「あぁ、『ありがとう、助かった』って」
 
 そのときを思い出すように視線を下げてアスランは言った。

「イザークがアスランに、ですか」
「あぁ。…それで、言われた直後に頭が真っ白になってエッジを掴み損ねて…」

 自分の手のひらを握り締めながらそれを見つめてアスランは顔をあげようとしない。

「真っ白って…なんでそんなこと…」
「言われ慣れてないだろ、イザークにそんなこと。だから…ずっと思ってたことが急に現実になったら対応しきれなかったらしくて」

 まるで人事のように言って苦笑するアスランにニコルは瞬きを繰り返した。

「ずっと思ってたって、何をですか」
「俺はイザークに嫌われてるだろ。だから彼に普通に言葉をかけてもらいたいなって思ってたんだよ」

 淡々と言うアスランとは正反対にニコルはバン!とテーブルを叩いて立ち上がった。

「アスラン、あなた!!」

 突然立ち上がったニコルに驚いてアスランはその姿を見上げる。

「ニコル?」

 その視線にニコルは周囲の視線を思い出してイスに座りながらアスランの顔を覗きこんだ。

「それで、『ディアッカになれたら』ですか」

 思いもしない言葉にアスランは驚きを隠せなかったが、同室のラスティがその場にいることで納得する。

「うん、そうだよ。ディアッカはいつもイザークと楽しそうにしてるから…」

 自嘲気味に笑った姿に、ニコルは確信した。









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