「何をっ?!」
ふわり、と空中を舞ったアスランの体はアンカーを支点に振り子のように左右に揺れた。そして反動をつけて大きく揺れた次のタイミングでイザークに近づくとその体を抱きしめた。
「貴様…っ」
抵抗するイザークを力づくで抑え込んだアスランは勢いのまま岩場に飛びついて、その瞬間、イザークを支えていたロープがアンカーごと岩場から抜け落ちてパラパラといくつもの岩の欠片が二人のすぐ近くを垂直に落ちていった。
黙ったまま二人はそれを見送っていたが、状況に気がついたイザークが大きな声を上げた。
「何をするんだ、貴様!」
アスランに抱きとめられたままの状況でイザークは暴れようとする。だがアスランはそれには構わずに冷静に必要なことを目の前のイザークに告げた。
「それより早くアンカーを打ち直してくれよ」
言われたイザークは慌てるように腰からぶら下がったロープを手繰り、新しい岩にアンカーを打ち込む。長く引き出されたロープを巻き戻して適当な長さに調整すると自分の手で岩を掴み、それを確認したアスランはようやくイザークの体から手を離した。
「……」
何も言わないイザークにアスランは小さく息をつくと何事もなかったかのように続きを上り始めようと自分のアンカーを打ちなおす。こんな状況でいつものように余計なことをしたとイザークに文句をつけられるなんてできれば避けたいことだった。足場を確認してアスランがエッジに手を伸ばそうとしたときだった。
「ありがとう、助かった」
ぼそりと自分のすぐ下から聞こえた声にアスランの意識は一瞬真っ白になった。
え、いまなんて?
イザークだよな、イザークが言ったんだよな?
俺に向かってイザークが「ありがとう」だって……?
超高機能コンピュータも真っ青の勢いでアスランの頭の中をいろんな感情と、落ち着こうとする意識と、ほんのちょっとだけ冷静な部分が入り交ざった情報が駆け巡った。
その結果。
「あっ」
小さな声がしたと同時にアスランの手が掴むはずだった岩のエッジに届かずにむなしく空を切った。そして同時に舞い落ちる体。
「アスラン!!」
とっさに伸ばしたイザークの手は無情にもアスランの手を掠めただけだった。一瞬交差する青と碧の瞳。だがそれが何かの意味を伝える間もなく、アスランは遥か彼方の地面へ猛スピードで落ちていった。その場に残されたイザークは可能な限り身を乗り出して下方を目視したが、アスランがどうなったのかは確かめることができなかった。
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