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 ニコルが上を見上げると、すでに小さくなった二人の姿が視界に入った。

 今日の訓練はロッククライミングと爆弾処理を組み合わせた内容だ。肉体を酷使しつつ、精密な作業を要求される配線の処理。それぞれ一人ひとりが指示されたポイントにある爆破装置を制限時間内に起爆解除しなければならない。つまり時間内にポイントに到達できなければその時点でアウトとなるのだ。しかも指示の内容は暗号化されたデータなので、解読できなければどこに自分のターゲットがあるのか知ることもできず、岩場を登り始めることさえできない。

 当然のように最初に斜面を登り始めたのはアスランだった。生徒宛に一斉送信されたデータが届いて1分後には現在地を確かめてモバイルPCを畳んで立ち上がった。それに続いたのはイザークで、二人の速さはダントツだった。簡単ではないと教官が言ったはずの暗号もあっさりと解読し、さっさと登り始めてしまったのだ。

「あいつらまた競うつもりかよ」

 そんな二人を見たディアッカが言った声が聞こえてニコルは笑う。

「イザークだけがそのつもりでしょうけど」

 いつもイザークだけが競争心をむき出しにしてアスランに挑むのだ。けれどアスランは大概歯牙にもかけずにイザークの空振りで終わるが、時にはイザークがアスランよりよい成績を収めることもある。だが今回の授業はどうなるのだろう、とニコルはすでにかなりの高さを登っている二人を見上げて思っていた。


 登るというよりはぶら下がっている自分の状況にアスランは小さく息をついて手を止めた。すでに垂直の面は上り終えて突き出た庇の裏側を這い上がるような場面に突入している。自分のターゲットへの最短距離を取ったのはいいが労力と時間を考えるともう少し緩やかな斜面を回ったほうが結果的には効率がよかったかもしれない。無理ではないと判断したからこの道を選んだのだが、腕ばかりに負担がかかる状況はこのあとの起爆解除の場面で少しやりにくいことになるかもしれなかった。
 2本の腕と岩場に打ち込んだV字型の特殊アンカーに通したロープがかろうじて自分の体重を支えている。息を吐いて片腕を岩から離してゆっくりと手のひらを開いたり閉じたりする。片手だけで体重を支えることくらいはたいしたことではないが、ここまで続けた後だと少しばかり辛く感じられた。左右交互にそれを繰り返してから、ふと自分の下方に人影があるのに気がついた。

 イザークだ。

 自分の後に来たのはやはりイザークだった。15メートルほど下に見覚えのある銀色の輝きが見える。アスランのターゲットはそう簡単には行けそうもない場所だったが、まったく逆の緩やかな斜面を登り始める生徒も目に付くから、おそらくターゲットの設置場所はある程度成績を考慮されているのだろう。ということはイザークの目指す場所も自分と近いということがわかった。猛然と追いかけてくる存在にアスランがいつものことだと上を向きなおしたときだった。

「うわっ!」

 小さな叫び声が聞こえてアスランは声のほうを反射的に向いていた。声の主は当然イザークで、見れば腰につながったロープ一本で崖からぶら下がっている。手をかけた岩が剥がれて足場ごと放り出されたらしい。

「イザーク!」

 思わず名前を呼んだアスランに空中に体を投げ出された状態のイザークがきつい視線を向ける。

「動くな、今行くか…」
「来るな!!」

 体勢を立て直して降下しようとしたアスランに激しい拒絶の言葉が浴びせられる。必死にロープを掴んで元に戻ろうとしながらもイザークはアスランの援助を断ったのだ。

「でも…」
「これは訓練だ、俺がどうなろうと貴様には関係ない! 貴様なんかの手を借りてたまるか!!」

 本物の作戦中ならメンバーの欠落が作戦に支障をきたす場合もあるだろうから仲間を援助することは時には必要な行動だろうが、成績を争っている授業の中で人に助けられるなんて、しかもよりによってアスランに手を借りるなどイザークには受け入れられなかった。
 言いながらもイザークはロープを手繰り寄せるようにして昇り始めるが、アンカーの打ち込まれた岩場から岩が崩れ始めてきた。パラパラと落ちる岩のかけらにイザークが顔をしかめる。それを見たアスランは考えるよりも先に体が動いて、登ってきた道をすばやく降りてイザークに近づくと、アンカーを打ち込んでロープを確かめ一気に空中に体を投げ出した。









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