「無用心だな、セキュリティもかかってないのか」
 階段を降りて玄関ホールへ向かったアスランに階下から声が届いた。
 驚いて目をやれば、開いた玄関ドアに寄りかかるようにして腕を組んでいる人の影。
 銀色の髪がまっすぐに肩の近くに切りそろえられていて、黒の上下に身を包んで白い肌が透けるように引き立っている。

「イザーク・・・」

 思わず名前を呼んでしまう存在。

 自分がプラントに戻っていることは極秘というわけではなかったが、特に知らせているわけでもない。特にザフトに関係のある人間には知らせてはいない。父のあとを引きついだカナーバ現議長の取り計らいであらゆる罪状は不問になったとはいえ、銃殺もやむをえないほどの罪を犯しておいて堂々と顔を出せるほどアスランの神経は図太くはなかった。

「この数日、人の出入りが激しかったし、狙われるようなものは置いていないから」

 雇っていた家人は全てラクスの配慮で次の仕事の世話をしてやったし、家に備え付けられていた家財道具はそのほとんどを処分してしまった。それも全てアスランが二度と戻らないという決意の表れだった。

「そういうときこそセキュリティは必要なんだろうが」

 アスランの言い方に腹立たしそうに言って身を起こすと、階段の下にイザークは歩み寄る。

「まぁ、それはそうだけど・・・」

 スーツケースを片手にアスランが階段を降りると、イザークがそれを見上げて青い瞳に暮れかけた人工の太陽光が差した。
 同じ目線の高さになって、あぁ綺麗だ、とアスランは思う。

「家は残すのか」

 がらんとした玄関ホールを見回してイザークが尋ねる。

「唯一、両親と過ごした場所だからね。管理の手配はしてあるんだ。家具は買いなおすのは簡単だけど、家は・・・建物は壊したら終わりだから」

 それは、未練なのだろうか、と自分に思いながらアスランは曖昧に笑った。それにイザークはふん、と横を向く。


 自分は上手く笑えたのだろうか、と何も言わないイザークの横顔を見ながらアスランは考える。知らせてもいないのに彼がここに来たことの意味は、自分がどこかで願っていたこととイコールなのだろうか。


「イザー・・・」
「オーブではアスハの世話になるのか? フリーダムのパイロットもいるらしいな」

 小さく呼びかけた声は、強い声に遮られた。

「あぁ、しばらくはカガリの・・・アスハの家に世話になるつもりだ。それが条件みたいなものだし」

 亡命、という選択肢を選んだ自分。
 それは逃げることなのかもしれないと思う。自分のしたことに間違いがないなら、プラントに戻って堂々と裁きを受けるべきなのかもしれない。
 けれど、いろいろと考えた末に出した結論はアスラン・ザラの名前を捨てることだった。自分の意思だけではどうにもならない思惑が、背負う父の名が大きすぎた。
 目の前の人間にそういった事情を説明することすら出来ずに、そしてそのまま会わずに去ろうとしていた自分に、やっぱり彼はやってきた。そして自分はそれをどこかで期待していたのだと思う。彼から会いに来てくれることを。行くなと止めてくれることを。










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