「そのかわり、ちゃんとイザークの答えも教えてくれるんだろうね? 聞くだけ聞いて逃げるなんて卑怯なまねしないよね?」
卑怯、というイザークの嫌う言葉を使ってみせて、からかうようにアスランはんニッコリと笑う。
「俺はイザークに勝つとうれしいよ、負けるのは悔しいからね。もしイザークが2位じゃなくて10位くらいだとしたら、9位でも嬉しいだろうと思うよ」
「9位で嬉しいだと?」
「そう。イザークより上なら俺は何位でも構わない。俺の優先順位は首位であることじゃなくてイザークに勝つことなんだ、だから・・・」
ゆっくりとソファ代わりのベッドから立ち上がると、相変わらずきっちりと制服を着ている二位の少年に近づいた。
「俺にとっては『イザーク』が成績よりも何よりも最優先ってことになるんだ・・・この意味、わかるよね?」
間近で覗き込んでくるまっすぐな視線にイザークはたじろぐ。無意識に一歩後ずさった自分に気づくとハッとして視線を上げた。そこには変わらずに翡翠の瞳が自分をみていた。
「ねぇ、イザークは違うのか?」
問いかける声に、優秀なはずの頭脳は混乱して言葉を返すことができない。
成績よりも自分のことが最優先、というアスランの言わんとしていることが何なのか。まるで喉がからからに渇いてしまったときのように、頭の中に何も浮かんでこない。
ふいに、思い出したのはいつだか自分を揶揄したルームメイトの言葉。
『イザークってさ、アスラン以外興味ないみたいだよな。いつも部屋の物を破壊するけど、そんなにするほどアスランが大事なのかよ』
母親と撮った写真を机の上のブックエンドともども払い落とし、フォトフレームごと床に落ちて砕け散ってさすがに自分でもしまった、と思ったときにそれは言われた。
『アスランが大事なのかよ』
繰り返す言葉がイザークの頬の温度をあげていく。
「俺にとってイザークは特別だよ。イザークにとって俺はどうなのか、教えてほしい」
近づいて、伸びてくる腕をただ視界の端に捉えるだけで、体は動こうとしなかった。
「イザーク」
いつもと違う、柔らかな呼び方に体が硬直していく。それを気にもせず、ぴっちりと止められた襟元のホックを器用にアスランは外してみせた。ゴクリと嚥下する喉笛に視線を止めて、それから頬に掛かる絹糸のような髪にその指先がそっと触れた。
「ねぇ」
強請るような言葉に、イザークはすぐ目の前にアスランがいる、という現実にいきなり気づいた。凍り付いていた頭が急に沸騰するように働き出して白皙の頬がすぐさま紅潮する。髪に触れていた手を払いのけて、何かを言おうとアスランに向く。
答えを期待しているような表情に、イザークはぐっと拳を握り締める。
「イザーク?」
「き・・・貴様なんか・・・っ」
殴りつけるように繰り出された腕は何も捉えることなく空を切った。腕を出したほうも避けたほうもまるで本気じゃない。形ばかりの怒りの動作。
そのまま踵を返してイザークは、拳を叩きつけるようにスイッチを押すとドアが開くと同時に飛び出して行ってしまう。
「イザーク!」
名前を呼んだアスランの声は、やがて閉まった扉に遮られた。
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