自分の部屋ではなく、トレーニングルームに向かったイザークの歩く速度はどんどん早くなっていく。自分の鼓動と比例するような気がして、急にイザークは立ち止まるが、すぐにもとの速度で歩き出した。
ドキドキした。
自分で意味がわからないことがあるなんて認めたくもないが、これはどういうことなのかわからない。
間近で見つめる翡翠の瞳が脳裏に焼きついている。
アイツはなんと言った?
ぐるぐる回るコトバに、振り回されすぎて悪酔いしそうだった。
アイツにとって俺が特別だと?
自分がアイツに勝つと嬉しいのは主席を目指しているから、なのに。なんでチェスで勝つのが嬉しい? いや、違う。あいつとチェスをするのは勝つためじゃなくて、それ自体が楽しいからじゃないか? 盤を挟んで向かいあうときの高揚する気持ちは勝ち負けとは関係ないし、接戦となって考え込むアイツを見るのは珍しいものを見ている気分で面白い。
けれど、それはどうしてアイツじゃないといけないんだ?
アスラン・ザラは俺にとって何だっていうんだ?
『アスラン以外興味ないみたいだよな』
ディアッカの皮肉めいた顔が思いついて離れない。
必死に頭を働かせても、肝心のところで自分の思ってることを否定する方向にしか理論は展開しそうもなくて、それきり止まってしまう。振り出しに戻っていくら考えても結局答えは出そうになかった。
「あれ、イザーク? トレーニングですか」
楽譜の束を抱えたニコルがピアノの置いてある防音ルームから戻ってきたらしく、廊下に立っていたイザークに声をかけてきた。
「あ、あぁ」
適当に頷くイザークはそのままドアを開けてトレーニングルームに消えていく。
「え、着替えないんですか?」
制服のままその部屋に入っていったイザークにニコルは不思議に思いながら声をかけたが答えはなかった。そういえば、なんとなく顔が赤かったような気がする。トレーニングを終えて、忘れ物でも取りに来たのだろうか。
「あまり無理しないほうがいいですよ。いくらアスランに負けたくないからって」
入口から聞こえた声にイザークは一瞬、呼吸を止めそうになって慌てて振り返ると年下の同級生を怒鳴りつけた。
「黙れ!ニコル、貴様アスランのなんなんだ?!」
突然怒鳴りつけられたニコルは、けれど慣れたものだとばかりに冷静に返事をする。
「なにって、友達ですよ、普通に。イザークこそなんなんです? 突然」
「お、俺は・・・っ、知るかっ」
くるりと背を向けてそれきり何も言わないイザークにニコルは呆れながらその部屋をあとにした。
「また、アスランと何かあったのかな」
ため息とともに言ってみるものの、そこには誰もいない。
そしてその答えを知っている者も当事者以外にはまだ誰もいなかった。
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