「シャフトエレベーターを上がらないか?」

 仕事を終わらせてイザークを待たせているオフィスのラウンジに迎えに来たアスランは顔を見せるなりそう言った。

「シャフトに? なんでまた」

 疑問を口にするイザークにアスランはにっこりと笑い強引にその手を引く。慌てて立ち上がりながらイザークは自分たちが周りにどう見られているのかと一瞬だけ気になって、けれどすぐにその後についていく。
 何をいまさら―――。
 有名すぎるのは今更だった。これ以上何を気にしたってたいした痛手にはなるまい。

「貴様は変わらんな」

 二人きりで貸しきり状態になったエレベーターの中でイザークはさっき抱いた感想を伝える。

「えぇ?イザークよりよっぽど変わったと思うけど。軍服だって仕事だって。背だって伸びたし」

 そう言ってアスランは自分が着ている黒い軍服を見下ろした。その視線はいつのまにかイザークよりわずかに上になっている。18歳を過ぎてからもアスランの身長は伸び続け、唯一イザークが勝っていた背の高さまでも敵わないものになっていた。

「いや、変わらん。寮でハロを組立ててたときと同じ顔でモビルスーツに向かってた」
 嫌味たっぷりでイザークが言ってやるとアスランは「ひどいな」と拗ねる。それにイザークは噴出して笑うとつられてアスランも笑った。


 地球プラント間の二度目の大戦を経てアスランはプラントに戻った。ラクス・クラインがプラントに戻ったことで体制が大きく変わるというのも理由だったが、それよりもアスラン自身が自分のやるべきことを見つけたというのが一番大きな理由だ。オーブにいた二年間はないもできずに歯がゆい思いをしたが、それを糧に自分は何をすべきかということと何が出来るのかということを考えた末の決断だった。
 プラントに戻ったアスランはZAFTに籍を置いたが、パイロットの道を選ばなかった。もう二度と剣を手にすることはしない、というのがアスランなりに出した結論だった。それにイザークは残念な気持ちになったが反対はしなかった。アスランだったらどんなところでも十分に力を発揮することができるだろうと思ったからだ。
 そしてアスランは設計部門を統括しつつ、仕事に邁進している。いまだに現場にいるイザークとは仕事でかかわることこそなかったが、同じZAFTに所属しているのだ。離れ離れになっていた時と比べれば二人の間の距離はあってないようなものといえる。お互いに仕事の都合で家も別々に構えてはいたが、鍵はフリーパスだったし、休みが合えば会うのにも問題はない。
 まるで普通の恋人同士のように仕事と恋を手にしている。それが二人にはなんだか新鮮で、そしてささやかな幸せだった。



「見てよ」

 シャフトを上がり宇宙の景色が眺められる場所へとアスランはイザークを連れてきた。普段はあまり意識することはないが、プラントは宇宙に浮いている人工物で自己修復ガラスの存在だけで冷たく暗い真空の宇宙と接しているのだ。

「こんなところが?」

 シャフトに上り下りするのはプラントから外に出るときだけでのんびりその場で過ごすことなんてイザークにはなかった。いわば乗り換えのための場所であってそこに来ることだけを目的とするなんて考えたこともない。
 シャフトの中央部分はターミナルになっていて人の出入りも激しいが、広さもかなりあるためにあまり人が出入りしないところもあるのだ。

「ここで働くようになってから見つけたんだ。たまに息抜きに来てる」

 本来は通路として使われるのであろうその場所はメインのロビーからは遠く、シャフトを支える壁の陰になっていて人目にもつかない。それでいて宇宙を切り取ったように大きなガラスがすぐ近くにあってその眺めは素晴らしかった。

「息抜き?」

 ガラスの壁に寄りかかりながらアスランは宇宙を見上げている。

「うん。今の仕事は自分には合ってると思うしそれなりにやり甲斐はあるんだけど、ときどき宇宙(ソラ)を見たくなるんだ」

 隣に並んだイザークに視線を預けながらアスランは微笑む。

「貴様は宇宙(ソラ)に出たいんじゃないのか?」

 パイロットではなくなった以上、その生活は一般の市民に等しい。いくらZAFTの人間だからといって仕事の内容からしたら頻繁にプラントから出る必要などないのだ。

「そうかな、よくわからないけど」
「骨の髄まで浸み込んだ感覚はそう簡単には忘れられないだろう」

 多感な時期に宇宙を駆け回っていた自分たち。しかも並みのレベルじゃなく最前線でエースとしてモビルスーツが体の一部のようにして生活していたのだ。そして、力を持ち、結果を残し、生き残る。ある種の原体験としては生半可じゃない。

「現に俺自身がそうだしな。貴様だって同じはずだ」

 イザークは未だにモビルスーツに乗り続けている。彼が二度の大戦を経験した数少ないパイロットとしてその存在が貴重なのはもちろんだが、何より彼自身がそれを望んだために白い軍服を纏い続けることになった。

「よくわからないけど―――」

 言うとアスランは目を伏せる。まるで何かを思い出しているかのような表情にイザークはその横顔に釘付けになった。

「言われてみればそうなのかもしれないな」

 目を上げて微笑むアスランにイザークは自分の鼓動が早くなるのを感じた。その手が自分の頬に添えられても、スローモーションのように感じる動きなのに抗う気にはならない。近づいてくるアスランの顔にイザークは自然を目を閉じた。
 そっと触れる唇は、やわらかく、甘い。
 すぐに離れたアスランにイザークはゆっくりと瞼を上げる。悪戯っぽく瞬くエメラルドの瞳がすぐ目の前にあって、まるで気持ちが伝染したかのようにイザークも無邪気に微笑んだ。






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