over the planet



 工廠のキャットウォークから見下ろすと、開発中のモビルスーツがパーツから組立てられている最中だった。
 騒がしい現場の中で一際人目を引く存在にイザークはすぐに気がついた。整備兵とは違う制服を着て忙しそうに動き回っている人物は周りの人間からすれば気を遣ってやり難いだろうことに本人が気づいている様子はまるでない。それがあまりにも彼らしくて、イザークは人目も忘れて笑顔になった。現場にいることの多い隊長クラスの白い軍服に身を包んだ有名人がこんな場所にいるのは珍しくそれだけで注目を浴びているのに、思わぬシーンを目撃した一部の女性整備士たちが遠巻きにその様子を伺う。それに気がついたイザークは慌てて表情を正し、軍服の襟元に手を添えた。

 そのまましばらく上から作業の様子を伺うことにし、長い足を組みなおして手すりに寄りかかる。場所は寮の部屋からZAFTの工廠へ、扱っているものはハロと名のつくロボットからモビルスーツへと変わりはしたが、パーツを組み合わせて物を作る過程を楽しんでいるという点においてはまったく彼は変わらない。

「つくづくインドア派だな」

 小さくつぶやくとやはりまた口元に笑みが浮かびそうになる。設計資料をもとにあれこれ指示を出しながら、時折直接自分が配線を確認するためか分厚い合金の下に顔を突っ込んで何かを喋っている様は思った以上に生き生きとしていた。


 イザークはふっと昔のことを思い出した。
 
あれはまだアカデミーの生徒だったころ。
 チェスの勝負に負けたイザークが腹を立ててアスランに絡み、そのとき珍しく機嫌の良くなかったアスランがいつもは軽く受け流すところを真正面から受けてたって大喧嘩になったことがあった。
 あらゆる科目で一位と二位を競い合ってる二人の喧嘩は誰にも止めることができず、被害は半端じゃなく大きかった。現場であるラウンジのソファもテーブルもテレビモニターも少なからず破損して、二人揃って校長室に呼び出されて罰を受けた。
 そして受けた罰の内容が訓練用ジンの整備だったのだ。
 機械いじりが好きなアスランはともかく、気の短いイザークはイライラとしながら十数台あるモビルスーツと格闘していた。自分が使ったやつをメンテナンスするくらいは問題ないのだが、人の分まで何台もとなると勝手が違いすぎる。好きでもない作業を淡々と続けるにはイザークの忍耐力はなさすぎた。
 そもそも悪いのはアスランだ、と八つ当たり丸出しの文句を言ってやろうと作業を途中でほうりだして向こう側にいるアスランの元へとイザークは歩いていった。そこには機体の下に潜り込んで作業をしているアスランの足がでている。アスランはイザークと違い黙々と作業に没頭していてイザークがやってきたことにすら気がついていなかった。
「おい」
 声をかけるともそもそと動いた後にアスランが姿を現した。その顔は見事に汚れているが疲れきったイザークとは違い楽しそうでさえあった。
「どうかした?」
「貴様、さっきから全然進んでないじゃないか」
 半分ずつ担当することにして端から整備を始めたのにアスランがやっているのはまだ3機目の機体だった。イザークはなんだかんだともう7機目に手を着けている。
「うん、ちょっと気になるところがあって。いつもは整備士任せだから実際にやってみると細かいところまで見られるから・・・」
「だからってその調子でいったら終わるものも終わらんじゃないか」
 二人で受けた罰なのだ。終わる時だって二人揃ってすべてを終わらせなければならない。なのにアスランときたら朝まで整備してるつもりかと言いたくなるくらいのペースだった。
「そうだね」
 屈託なくアスランはいいイザークは気を削がれてため息をついた。
「そうだね、じゃなくてだな!」
「でもイザークと二人なら整備だって楽しいし、朝までだっていいかなって」
 今度こそ言葉を失いそうになったイザークは油のついた手で額を押さえる。
「あのな・・・」
 整備が楽しいのはもともと機械いじりが好きだからなんだし、二人といいつつ別々に作業しているんだから自分といることなんて理由になってないだろうが。突っ込みたい気は満々だったが、あまりにもアスランが無邪気に笑っているものだからなんだかそれすら馬鹿馬鹿しくなってしまってイザークはアスランの隣に座り込んだ。
「イザーク?」
「俺は整備なんて嫌いだ」
「そっか」
「でも、貴様が楽しいなら付き合ってやらないこともない」
 そんな風にしか言えない自分が情けなくてつい顔を背けてしまうが、アスランは気にしてなんていなかった。
「ありがとう、イザーク。でもやっぱり早く片付けてしまおうか」
 急に方針を変えたアスランの態度に不思議そうにイザークは顔を覗きこむ。
「イザークとせっかく二人でいるんだから機械ばっかり弄ってたらもったいないなって思って」
 にっこりと笑ったアスランの顔もすっかり油にまみれている。
「ふん、俺は機械と同じ扱いか」
「そんな、違うよ・・・」
 言ってアスランはイザークの額の汚れをふき取ってそしてそこにキスを落とした。だけど、その手にはしっかりと工具が握られているのをイザークは見逃さない。やっぱりこいつは根っからの機械オタクだとそのときイザークは確信したものだ。


 飽きずにアスランを眺めているとやがて一人の整備士が彼に近づいてなにやら声をかけながらイザークの方を指差した。頷きながら顔をあげた彼はやっとその存在に気がついて、そして驚いたような顔をしてから嬉しそうに笑った。

「イザーク!」

 フロアの端にあるエレベーターに駆け上がりながらアスランは声を上げた。そちらのほうへ歩きながらイザークは口の端に笑みを刷く。

「どうしたんだ、珍しいなこんなところに来るなんて」

 汚れた軍服を形ばかり整えながらアスランは言う。思いもしない訪問に素直に嬉しそうだった。

「近くで会議があってな。早めに終わったから覗いてみたんだ」

 現場の人間であるイザークはモビルスーツの設計部門のあるこのプラントにやってくることはあまりない。時間が出来たのをいい機会に、アスランの職場を見学してやろうと思ったのだ。

「会議? 今後の防衛戦略会議か?」
「まぁそんなところだ。今回はロールアップ間近の新機種のお披露目も兼ねているらしいが」

 会議に出席するメンバーのうち事務方といわれる人間はそんなことでもなければ実物を目にすることはあまりない。だがイザークは現場の先頭に立つ人物でその新機種の開発試験にも自分の部隊を使わせているくらいだったからお披露目の場には赴かなかったということだ。

「そう。あれはいい性能に仕上がってると思うよ」

 設計部門の責任者であるアスランは自信たっぷりにそう言った。

「今日はもう仕事は終わり?」

 時計を確認しながらアスランは訊いた。

「あぁ、あとは帰るだけだから寄ってみたんだ」

 イザークの住居があるプラントは一つ隣に位置していて帰宅するにはプラント間を結ぶシャトルを利用することになる。だが頻繁に便があるために帰るにはまだ余裕があった。
「なら、もう少し待っててよ。仕事片付けるから、ちょっとデートしない?」

 茶目っ気たっぷりにウインクをしながらアスランは笑う。イザークにそれを断る気はなかった。







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