「あぁ、そうだ、これ」

 言ってアスランは手にしていた小型のPCを開くと同時に立ち上げる。カラフルな画面には次々とファイルが表示され、その中から一つを選び出すと全画面に図面を映しだした。
「設計図? 新型か」

 目にしたイザークはそこに描かれたものが何かをすぐに理解する。縮小された全体は人型に近いものだがイザークには見覚えのないものだった。

「俺が個人で設計してる、まだ仕事とは関係ないものだよ」

 アスランの手からPCを受け取りスペックをチェックするとイザークはまじまじとアスランの顔を見た。

「おい、これは何だ?まるで…」

 イザークの表情にアスランは嬉しそうに頷く。彼の意図を理解するイザークの存在が嬉しかった。

「まるで『デュエル』みたいだろう? 最初はなんとなく遊びで描いてみたんだけど、そのうちあちこち考え出したらやめられなくなっちゃって」

 無邪気に笑うアスランは本当に楽しそうだった。だがそこに示された物にイザークはどう反応していいのかわからないでいる。

「俺が作りたいのは戦争をするためのモビルスーツじゃない。戦争をしないための抑止としてのモビルスーツだ。ザクやグフは確かに性能はいいけどあまりに大量生産向けになりすぎてる。だけどこれはそんなものにしたくないんだ」
「アスラン…だからって何でXナンバーなんて今さら」

 そもそも全ての始まりはあのヘリオポリスにあったとイザークは思っている。それを思い出させるようなアスランの行動は理解できない。

「あれが始まりだったから、かな。忘れないためにっていう意味もあるかもしれないけど本当は自分でも良くわからない。デュエルがモデルになったのはあの中で一番汎用性が高かったからだよ。それにイザークが乗っていた機体だから、もう一度君に乗ってもらいたいと思って」
「乗るって、貴様、何を」

 とんでもないことを言い出したアスランにイザークは驚いて声を上げる。

「今すぐになんて無理だけど、いつか俺の設計したモビルスーツをイザークに乗ってほしい…、それが今の俺の夢だから」

 アスランの夢。それは初めて聞く言葉だった。
 イザークは改めて隣にいるアスランを見つめる。背が伸びただけじゃなくアスランは成長していると思った。自分の出来ることをして、それに夢を抱くこともできるようになった。年頃の少年にしたら当たり前のことかもしれないけれど、自分たちは今までそんなことすら許されなかったのだ。それができるようになった、そのことだけでも自分たちのしてきたことは無駄じゃなかったんだと、そんなことをイザークは思った。

「ふん」

 特有の笑いを浮かべてイザークは腕を組む。その反応を心配そうに覗き込みながらアスランは続きを待っていた。

「自分だけじゃ叶えられない夢だとは、相変わらず貴様は腰抜けだな」

 そういうイザークの顔は、まるで悪巧みしている子供のように生き生きとして楽しそうだった。それを受けてアスランも笑う。

「そうだよ、イザーク、君がいてくれないとダメなんだ」
「ずいぶん時間がかかりそうな夢だが」
「うん、だからそれまでずっと君がいてくれなくちゃいけない」

 まるでプロポーズじゃないか。
 そんなことに思い至ったイザークは自然と湧き出る笑いを隠そうともしなかった。

「イザーク?」

 くつくつと肩を揺らして笑い出したイザークをアスランは怪訝な顔で見つめる。何か変なことを言っただろうか。

「ずいぶん、色気のないプロポーズだな」

 余裕たっぷりに皮肉っぽく言われて、怪訝だった顔は真っ赤になってあたふたと目が泳ぎだした。

「えっ、あ、いや、そんなつもりじゃ…!」

 途端に慌てふためく有様にさらにイザークは笑いが止まらなくなる。まったく相変わらず変なところで抜けてるヤツだ。

「いいぞ」 
「へっ?」

 あまりにも間抜けすぎる反応に、さすがに笑うよりもあきれてしまったイザークにアスランは信じられないという顔で目をパチパチとさせる。

「だから、いいぞと言ったんだ。貴様の夢に付き合ってやる」

 するとアスランの顔が満面の笑みになる。

「イザーク…」
「だがそれだけのために付き合ってやるにはこっちだって忙しいからな。早いところ終わらせて欲しいも…!」

 最後まで言わせずにアスランはイザークを抱きしめた。

「ば、バカもんっ!こんな所で・・・!」
「だって嬉しかったから」

 藍色のくせ毛が頬に触れてくすぐったい。すぐ目の前にあるヒスイの瞳には無邪気な喜びが浮かんでいる。

「貴様の作ったモビルスーツに乗るときは一緒に来るんだろうな」

 宇宙(ソラ)へ―――。
 
「もちろん」

 あの頃輝いた俺たちの場所へ―――。


「あぁ、そうか」

 不意にアスランは何かを思いついたような口ぶりで言った。

「何だ?」
「ここへ来るようになった理由がわかった気がする」

 真っ暗に続く外の世界へ視線を向けながらアスランがぽつりと言い、イザークを見つめる。

「宇宙が恋しかったのかもしれない」
「恋しい?」
「うん、オーブにいた頃、君に会いたかった気持ちに似てるって気がついた」

 割り切ってあきらめたつもりだったのに、体の奥から無性に抱きしめたくなる気持ち。明確な理由もわからないけれど、ただとにかく体がそれを欲していた。

「俺は宇宙と一緒か」

 おかしそうにイザークは笑う。

「いや、イザークの方がずっと上だよ」

 宇宙よりも命よりも。
 その君と一緒に輝いていたあの頃を懐かしんでしまうのは仕方がないことなのだ。

「宇宙はそこに行かなくても見てるだけでいいけど、イザークは見てるだけじゃ済まないからね」

 その言葉にイザークの頬が赤くなる。どんなに偉くなっても率いる部下が増えてもイザークの肌の白さと赤味差す頬は変わらない。

 チュッ。
 音を立てて頬にアスランがキスをする。


「ねぇ、今度の休みっていつ?」
「明後日だ」
 答えるイザークの銀色の髪はアスランの手に弄ばれていた。それを見るイザークの目は嬉しそうに細められる。
「じゃぁイザークの部屋に行こうかな」
「どうせ来るなら掃除でもしろ」
 仕返しに藍色の髪を白い指先で引っ張ると、痛そうにアスランが苦笑する。
「やだよ。俺が苦手だって知ってるくせに」
「俺だって苦手だ」
 アスランの頬についていた機械油をイザークは指先で掬い取り、あの頃とちっとも変わらない様に小さく笑った。
「じゃあハウスキーパーを雇えばいいのに」
「貴様が入り込んでる部屋に他人なんて入れられるか」
「あぁやっぱりそれが理由?」
「当たり前だ」

 他愛ない会話が続く。
 そんなことが今は楽しい。

 

 ずっと、ずっと君の傍に。
 星が墜ちることがあっても、その星すら飛び越えて。

変わらずにずっと―――。




fin.



初出:2006.9.18






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