そんな顔しないで



「手を・・・離せ」
 立ち上がるとアスランに向けてそう言った。いつまでもここにいるわけにはいかない。整備の時間を割いてあいている部屋に入り込んだのはほんの少し前。
「頼む、もう少し・・・」
 アスランは明らかに憔悴していた。
 原因はわからないけれど、ストライクと遭遇するたびにそれは酷くなるようだった。
「何を隠している?!」
 襟元を掴みあげて詰問すると、力なく目を背けるばかりで答えることを拒絶している。藍色の髪が頬に落ちてイザークはそれにイラついた。
「貴様がナチュラル相手にあれだけやられるなどおかしいぞ!!一体何だって言うんだ!!」
 イザークの言い様はもっともで、それだけにアスランは答えられなくなってしまう。まっすぐなイザークに何を言えばいいというのだろう。答えに困って見上げると、さらにイラついたイザークの青い瞳にぶつかった。
「イザーク」
 頬にかかった髪に手を添えて掬い上げると、そのまま表情を明らかにするために白い指先で払いのけてくる。睫毛にかかった髪に思わず目をつぶったアスランにイザークは小さくつぶやいた。
「そんな顔するな」
 その言葉にはっとしたように目を上げて、それからアスランはうっすらとどこか悲しげに笑う。
「どんな顔・・・してるのかな、俺は・・・」
 ぽつりとつぶやきながら、けれどもアスランは表情とは別に嬉しそうに目を細める。
「君の前なら、俺は別にどんな情けない顔だって構わないよ」
「バカが」
 立ちあがっていたイザークは、短くため息をつくとあきらめたかのように隣の床に腰を下ろした。赤い軍服の長い足を床に放り出して、後ろに手を突くとアスランの方へ首を傾げる。サラリと銀色の髪が軍服の黒い襟を滑り落ちた。
「俺は情けない顔をしているお前を見るためにこんなことしてるんじゃない。アカデミーのころの貴様はどうしたんだ。あのむかつくアスラン・ザラ以外、俺は認めないぞ」
 口調とは裏腹に膝を抱えるアスランの手に自分の手を重ねて上から握り締める。それに反応してゆったりとイザークを向いた学年主席は、不意に空いている手を上げてイザークの白皙の頬に触れた。
「イザークまでそんな顔しないでよ」
 苦笑してアスランはその頬に唇を寄せる。まるで自分の苦悩が伝染してしまったかのようで申し訳なくなってくる。感情に素直なイザークは他人の感情にも敏感なのかもしれない。だから自分は惹かれてしまうのだろうか、と何度も考えて答えの出ない疑問をまた思い出す。イザークの熱くまっすぐな感情が自分の折れそうになる気持ちを正してくれるようだ。
「人に言う前に貴様がなんとかしろ」
 頬を赤くしながら口調を荒げて言うイザークに目を伏せてアスランは笑う。
「あぁ、そうだね・・・」
 ふっきれたのかあきらめたのかその表情が変わり、それを見てほっとしたイザークをアスランは急に抱きしめた。横から抱きつかれて無理な体勢になったがそれに文句を言うわけでもなく、イザークはそのまま黙っている。
「辛くなったら言え・・・話くらいは聞いてやる」
 高飛車な物言いにイザークらしいと思いながらアスランはその薄い唇に指先で触れながら告げる。
「話だけじゃ足りない・・・せめてキスくらいしてよ」
 言葉の終わりと同時に唇は重なり、甘い吐息が静かな部屋に落ちていった------。










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