だから言ったのに



「あっ」
小さな悲鳴に敏感に反応したのは、すぐ近くにいるディアッカじゃなく、離れたところにいたアスランだった。
 無言のまま近寄ってくるとどこから取り出したのかさりげなくイザークへ絆創膏を差し出す。もちろん誰にも気づかれないように。無言のまま見上げると、にっこりと目線だけで笑ってそのまま何事もなかったかのように背中を向けた。
「あれイザーク、いつのまに怪我なんてしたんだ?」
授業を終えて部屋へ帰る途中に指先の絆創膏に気がついてディアッカが訊いてきた。白い肌のイザークの指には肌色の絆創膏といってもそうとうに目立つ。
「さっき、実験中にだ・・・」
触れられたくないかのように早口で言うと、とっとと先を行ってしまう。イザークが怪我をしたなんて気がつかなかったディアッカはあの絆創膏をイザークがいつのまに貼ったのかということも気になった。イザーク自身があんなものを用意しているなんて思えないし、誰かがイザークに貼ってやったような気配もなかった。
 部屋へ帰ると教材の類と汚れた作業用の上着を脱ぐとイザークはすぐにどこかへ出かけていってしまう。
「どこ行くんだよ?」
「お前には関係ない」
問いかけに短く答えるとそのまま部屋のドアから出て行った。
「変な奴」
バタン、ドアが開いた音にアスランは振り返った。そこには予想通りの人影がある。
「やっぱり来たね」
約束したわけでも呼び出されたわけでもないのに、イザークは時折二人で逢うアカデミーの校舎の隅にあるめったに遣われることのない資料室にやってきた。アスランの顔は満足そうで、それがイザークには憎らしい。
「医務室には行ってないの?」
 自分が渡したままの絆創膏を目にして問うが、その顔はあたりまえか、とどこか笑っているようだった。
「あんなことするな!」
食って掛かる物言いに、アスランは肩をすかして笑う。あんなこととはもちろん人前でアスランがイザークに親切にする、ということを指してだ。
「だってイザークが怪我なんかするから。あのまま放っておいて雑菌でも入ったら大変だからね」
白い指を恭しく手にとってそっとそれに口付ける。びくり、と震えた指先に楽しそうに目を細めて。
「そんなこと関係ない!」
「関係なくはないさ。大事なイザークが破傷風にでもなったらかなわないし」
透き通ったエメラルドグリーンの瞳に見つめられてイザークは狼狽する。このまっすぐに見てくる瞳に囚われると動けなくなってしまうとわかっているのに、それを避けることができないのだ。
「う、うるさいっ」
 腕を振り払おうとするがそれもあっけなくかわされて気づけばアスランの腕の中に抱きすくめられている。
「だから言ったのに。機械工学の実習は細かな作業が多いから怪我するなよ、って」
なのに本当に怪我しちゃうんだから・・・、アスランは楽しそうに言って抱きしめたイザークの耳元でくすりと笑った。
 耳にかかる息にイザークの背筋が震える。
「俺の肌の色に合ってないぞ・・・」
強がって言うイザークにアスランはまたクスリと笑った。
「そうだね、今度用意するときは透明なのにしておくよ」
 返事をしてイザークの頬に触れると口を尖らせながら色白の瞼が閉じていく。
 渡した絆創膏をつき返すでもなく、使わないでもなく、ちゃんと自分ですぐに貼ったイザークを思うと愛しくてキスくらいじゃ足りないのだけれど、今はこれで我慢しておこう。そう思ってアスランは甘いキスをイザークへと施した。






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