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 そして、それ以来ディアッカは雪が嫌いだった。一人でいるときならともかく、イザークと一緒に雪の降る中に、しかも街中ならともかくこんな自然の中にいるなんて本当にあの時以来で、だからこそ、ディアッカのテンションは低かったのだ。

「バカか」

 あっさりと吐き出された言葉は案の定、容赦がなかった。だから言いたくなかったのだ、と顔を背けるディアッカにイザークは大きくため息をつく。

「そんなこと気にしているお前もバカだが、民話を子供の説教に使うお前の祖父殿も少々行きすぎだな」
「仕方ねぇじゃん。まだオレだって小さかったんだし」
 いくらコーディネーターの成長が早いとはいえ、まだ3、4歳ごろの話だ。作り話にしてもインパクトは強烈だし、めったにお目にかからない大量の雪というものの脅威に本気で怖かったのだから。いつまでも雪の中で遊びほうけていたら、下手をすれば本当に命にかかわるような事故だって起こったかもしれない。祖父が戒めに昔話を引用したことだって大げさとまでは言えないだろう。

「で、お前は今でも俺が攫われるとでも思ってたのか」
 皮肉たっぷりに言われてディアッカは顔をしかめる。
「そうじゃないけど・・・っ、嫌なものは嫌なんだよ」
「嫌なのは勝手だが、それで足を引っ張られるのはご免だな」
 そのものずばりで指摘されてディアッカはますます苦虫を噛み潰したような顔になる。「・・・悪かったよ」
 計画が大幅に狂っているのはディアッカも承知していた。だがイザークが何も言わないからあえて触れなかったのだ。

 パチパチと炎が弾けて、ディアッカが火を整える。空になったマグカップを地面においてイザークが胡坐を組み替えてディアッカに向いた。

「雪女の話には諸説あってな、子供を攫うというのもそのうちの1つだ。だが、それはどちらかというとマイナーな結末だ。大多数は、人間に惚れた雪女が人間の振りをして生活していくが、あるとき雪女と出会った秘密をうっかり話してしまった夫のもとを雪女が去るという話のはずだ」
「何それ」
 ディアッカにしてみれば、雪女は子供を攫う妖怪というイメージが強かっただけに、どこか拍子抜けした顔だった。
「人間が秘密を守るかどうか一番近くにいて監視していた、という説もあるがな」
「信じてもいない男と結婚して何年も生活してたっての?」
 信じられないという顔で覗き込むディアッカにイザークは苦笑する。民俗学を専攻していた関係から各地の民話にも研究の手を伸ばしていたが、そのおかげでディアッカのこんな顔を見られるとは思いもしなかった。





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