フィールド内にはいくつかの小屋もあり、辿り着けさえすればそこで夜を越えることは可能なのだが、予定よりも遅くなった分、それは難しいとイザークは判断したのだ。
「もう少し大丈夫だろ、屋根のあるところに行こうぜ」
 それにまだ明るい。
 休息小屋の設置エリアを考えるとそろそろそれは現れてもいい頃だ。
「いつ嵐になるともわからん状況でギリギリまでリスクを犯すにはこの気象条件は厳しい。それよりも余裕のあるうちに休みを取って作戦を練った方が時間効率がいい」
 言うなりナップザックを雪面に下ろして、中からスコップを取りだして雪を掘り始める。要望を聞き入れる余地はないとばかりの姿勢にディアッカは小さくため息をついた。
 無言のまま二人で雪の斜面を掘り続け、出来上がったときには日が暮れはじめていた。二人がなんとか横になれるだけの広さを確保したそれは、夜中に暴風雪がやってきても凍死しないだろうということでは安心できるものだったが、本当に寝るためだけの空間だから、結局火を起こすのは外ですることになる。ディアッカは携帯用燃料を取り出して、カップ兼ナベ兼ヤカンである金属製の筒に水を入れて火にかけた。
「ホットミルクにする?」
 やっと声に出してディアッカは問いかけた。コーヒーや紅茶はカフェインが体を休ませない。温まるのが目的ならカフェインは避けるべきなのだ。
「あぁ」
 重そうに体を雪洞の入口に寄りかからせてイザークは頷いた。フリーズドライのミルクを沸騰したお湯に溶かして熱いカップごとイザークへ差し出す。
 何も言わないイザークにディアッカは黙ったまま距離を置いて雪面に腰を下ろした。

 雪を背景に座るイザークは、まるで妖精のようだった。
 雪の妖精。
 味気ない実用第一の訓練用防寒着を着ているのに、それが妖精に見える。雪面を見ているイザークの長い睫毛が揺れる炎にチラチラと映し出された。けれど、どこかはかないその姿がディアッカにある出来事を嫌でも思い出させる。
 それを見ていたかのように下を向いたままイザークが声を出す。
「ディアッカ」
 呼ばれてディアッカはそちらを向いた。
「何?」
 明日は本気を出せと叱責でもされるのだろうかと思ったディアッカの予想は裏切られる。
「お前、雪が嫌いなのか?」
 思いもかけないその言葉にディアッカの表情は一瞬凍りつき、そしてあきらめたように長くため息をついた。
「なんでそんなこと言うわけ?」
 言い出すからにはそれなりに理由があるはずだ。とはいえ、自分でも何故イザークがそんなことをいうのかはおおよそ見当がついている。それを尋ねたのはどちらかというと自分の気持ちを整理するためかもしれない。
「なんでか言わないとわからないのか」
 容赦ない言葉にディアッカはもう一度ため息をついて、そして目の前の焚き火をつつきながら昔話を始めた。




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