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「アスラン、アスラーン!!」

 バタバタと派手にアスハ邸の廊下を走る音が聞こえて、アスランは苦笑しながらチェアを回転させる。間もなく居候の部屋のドアが乱暴に開けられてオーブの代表首長の姿が現われた。

「カガリ、そんな風に走ってるとまたマーナの血圧が上がるぞ」
 肩で息をしながら大股に歩く少女の手には一通の封書が握られていた。それはアスランが今開いていたものと同じ差出人のはずだった。
「ディアッカとイザークが結婚って・・・!」
「俺のところにも届いてるよ、招待状」
 手でかざして見せるとようやく落ち着きを取り戻して「そうか」とカガリはソファに座り込んだ。

「お前は知ってたのか、その・・・二人がそういう関係だって・・・」
「まぁね。以前から二人は一緒に暮らしてたらしいし」
「何だって!知らなかったのは私だけだっていうのか」

 招待状の差出人はディアッカとイザークの連名になっていた。基本どおりのインビテーションカード。式の日取りと会場の案内に出欠状。メールが全ての時代においてそれは酷く古風なものだったが、その差出人の家柄を考えればふさわしいものだ。
 そしてその中に添えられた小さなカードのメッセージはアスランとカガリでは内容が違うらしい。

『お先に悪いな。カガリも少しは女らしくしないとアスランが逃げるぜ』

 カガリに見せられたカードの内容にアスランはなんと反応したらいいのか困ってしまう。すぐ目の前には「そうなのか?」と問い詰めるようなカガリの顔がある。
「ディアッカらしいな」
 漸くそれだけ言うとアスランは誤魔化すように自分宛のカードを差し出した。
「こっちはイザークだよ」
 乱暴な筆跡で書かれているのはイザークらしいアスラン宛のメッセージ。
『貴様は暇だろうから一応声をかけてやる』
「なんだこれは、イザークの奴!」
 あんまりな言葉にカガリは憤慨するがアスランは笑うだけだ。
「あいつらしいよ。本当に暇だと思ったらこんなこと書かないさ」
 頻繁に連絡を取り合ってるわけじゃない。どちらかというと筆まめなディアッカとカガリのほうがメールの回数は多いだろうと思う。ときおりディアッカから届くメールは最低限の近況が書かれているくらいで、イザークからは季節ごとに挨拶のメールが届くくらいだ。だけど、それが途切れたことは一度もなくてイザークらしいとアスランは思っている。
 そして今回のメッセージだって本来なら書き添える必要などないはずなのだ。それなのに手間をかけて手書きするのに内容といえば相変わらずなそっけなさだ。きっと彼なりに自分のことを心配しているんだろうなとアスランは思った。
「でも結婚式って・・・」
 心底驚いたという顔をしているカガリにアスランは丁寧に説明をしてやることにする。おざなりにすると後々まで質問攻めに遭うというのにはさすがにアスランも懲りて学習していた。カガリの長所は知らないことは知らないと認めたうえで貪欲にそれを吸収しようとするところだ。だからアスランも自分で役に立つことがあるなら、と教えられることは教えることにしていた。どういう皮肉か小さい頃に教え込まれた為政者としての基礎知識が意外なほど役に立っているのもまた事実だった。
「先月、プラントで新しい法律が施行されたんだ」
「新しい法律?」
 政治や法律に関しては自分の方が詳しいはずなのに、と不思議そうな顔をしているカガリにアスランは笑う。
「法律といっても行政法じゃないからカガリが知らなくても無理はないよ。民事の手続法の一つで、新婚姻法というやつだ」
「新婚姻法・・・結婚の仕組みが変わったのか」
 さすがに勘のいいカガリに満足そうにアスランは頷く。
「この間の戦争でプラントの人口は大幅に減少しただろう。だから政府は婚姻統制を取りやめて新しい制度を作ったんだ」
 そう言ってアスランは詳しくその仕組みについて説明を始めた。
 アスランはオーブに身を置いていてもほぼリアルタイムでプラントのあらゆる情報を入手している。その情報の量はオーブ政府で一役職を担っても十分なほどのものだが普段はそれを表には出さないようにしていた。それはアスハの家にいる以上、あくまでも自分はオーブの人間であり、プラント側の人間ではないというポーズが必要だからだ。だがカガリはアスランがプラントのことに通じているのは別に悪いことじゃないと思っているし、仕事の上で困ったことがあればアスランに相談もする。実際、いろいろな事情を知っているアスランのおかげで問題がスムーズに解決できたことも一度や二度じゃなかった。
 そして今回もそれが役に立ったというわけだ。


「そういうことか」
 漸く心底納得したという顔でカガリが呟いた。
「そういうことだよ。イザークたちみたいな人のためにできたようなものだからね」
 だから彼らがその法律を享受するのは当然なのだ。
「だけど、あいつらが一緒に住んでるなんて私は知らなかったぞ」
 思い出したようにカガリはアスランに文句を言う。それに苦笑しながらアスランはその経緯も説明した。
「いつだったかな、ディアッカが引っ越すってメールに書いてきたんだ。あいつがメールをくれるなんて珍しいからどういうことなのかって返信をしたらイザークと一緒に住むことにしたってね」
 そういえばそんなメールが来ていたことがあったなとカガリは記憶を探った。ディアッカへのメールは仕事の忙しさで必ずしも毎回返事ができるわけでもない。きっとそのときも受け取るだけで返信はしなかったのだろうと思う。
「それだけであいつらの関係なんてわかるのか?!」
 なおも詰め寄るカガリを落ち着かせながらアスランは曖昧に笑う。
「それはまぁ軍人として同じ寮や艦にずっといればね・・・」
 さすがのアスランだってイザークの首にくっきりキスマークがついていたり、同室の二人して大きなアクビをしていたら気がつくというものだ。それにアスランだけじゃなく周囲の誰もが彼らの関係に気づいていたから、言ってみればあの二人は公認みたいなものだった。
「ふぅん、そんなものか」
 いまいちピンとこないという顔にこれ以上突っ込んで欲しくないなと思いながらアスランはカガリに訊ねる。
「カガリは無理なんだろう? その日はたしか国立美術館の開館式典とスカンジナビアの王子の歓迎晩餐会が・・・」
 カガリのスケジュールの全てをアスランは把握していた。何かあったときに迅速に対応できるようにとそれだけは無理やりに押し通した要望だった。
「そんなの変更するぞ、キャンセルだキャンセル」
 一国の首脳ともあろう人間にしてはあまりに簡単に言い切ってしまう。それがカガリなのだと思いながら無駄だと思いつつ忠告をしてみる。
「今さら変更なんてきかないんじゃないか?」
 個人の結婚式のために代表首長のスケジュールを変更するなんてきいたこともない。
「まだ三ヶ月も先の話だ、どうとでもなるさ。いざとなったら体調不良で入院したことにしてでも絶対出席するぞ」
 今では国の代表として政治を執るカガリにとって同年代の友人というものは得がたい存在だ。アークエンジェルとの三隻連合と呼ばれた勢力の一員として戦闘に一緒に参加したディアッカは大事な友人だったし、イザークは命の恩人だ。その二人の結婚式に参加しないなんてカガリにはあり得ない選択だ。
「アスランも行くよな」
「あぁそのつもりだよ」
 もっともカガリがプラントに行くというのにアスランが行かないというのはあり得ない話だから、カガリが行くと言い張っている以上アスランの出席も決定したようなものだった。
「楽しみだなぁ、イザークもディアッカもいい男だから正装したらモデルみたいだろうな」
 カガリの心はすでに浮き足立っているようだ。
「そうだな」
 答えながらアスランはカガリの横顔をそっと見てみる。
 ディアッカのカードの言葉がちらちらと頭の中を横切ってなんだか落ち着かない気持ちだった。
 ユウナとの結婚は不成立に終わっていたし、カガリはあのことから自分の人生はオーブのために尽くすことだと言ってはばからないのも本当だ。
 だけど、カガリだって女の子なんだし結婚したいって考えないわけじゃないだろうし・・・。
 自分が逃げるなんてことはないけれど、このままじゃディアッカの言葉通りになんだかタイミングを逃してしまうんじゃないかなと過去の自分を振り返って思ってしまう。
「カガリ、あのさ・・・」
「なんだ?」
「カガリもウエディングドレス着てみる?」
「えっ、な、何言・・・っ」
 アスランの問いにカガリは真っ赤な顔になり座っていたソファから転げ落ちそうになった。それに慌てて腕を伸ばしながら、自分たちにはまだ当分イザークたちを追うのは無理だなとアスランは笑った。




「私にですか」 
 上質な素材の封書を手渡されて隊長と副官を前にシホは聞き返した。わざわざ隊長の執務室に呼び出しを受けた理由はこれだったのか、とその封書に視線を落とす。
「そう。隊員全部を招待するのはさすがに無理だから呼ぶメンバーは限られちゃうんだけどね」
 シホちゃんには日ごろからお世話になってるからさ、とディアッカが言えば、世話になってるのはお前だけだろうがとイザークが訂正する。
「まぁお世話はしてますけど、お二人ともの」
 あっさり切り返されてイザークは言葉を詰まらせる。それに苦笑しながらディアッカは優秀な後輩の意思を確認した。
「もちろん来てくれるよね?」
 それにシホはにっこりと答える。
「来るなと言われても行くつもりでしたから」
 即答されて驚きつつもすでにこの話を知っていたかのような口調をディアッカは確かめた。
「どこでやるかなんてまだ誰にも教えてないのに?」
 そもそも結婚式をすることだって大々的には知らせてなどいない話だ。
「ジュール隊長のファンクラブを甘く見ないでくださいね。お二人が式場の下見に行かれたという噂はとうの昔に出回ってますし、日取りが決まったというのも先週告知されてましたから」
 ははは、とディアッカは笑うがイザークは意味が分からないとサラサラの髪を揺らしながら首を傾げる。
 そういうことをするからイザーク・ジュールが副官と一緒に住んでいると知れたってファンが減ることはないのだ、とシホは思う。お願いだからその愛らしい仕草をあまりあちこちで見せないでほしいと内心でため息をつきながら部下が隊長のために解説役を買って出た。
「ZAFTの中で隊長に憧れていたり尊敬している人間は多いんです。それで自然発生的にできたのがファンクラブというもので、今ではサイトまで出来上がって毎日情報が更新されています」
 聞かされた内容にイザークは目を丸くした。隣の副官を見ればどうやらファンクラブの存在もサイトのことも知っていたようだ。
「ちなみに私は無理やり特派員に任命されました。副長を除けば私が隊長の一番近くにいるからだそうです」
「へぇそれは知らなかったな。シホちゃんが情報教えたりしてるわけ?」
 シホの性格からしたらそんなミーハーな事柄に付き合うとは思えない。ましてや敬愛する隊長に関することならなおのこと。けれどディアッカの予想とは違う答えがシホの口からは告げられた。
「えぇ、お二人が一緒に隊長のお部屋から出勤なさってた話ですとか、お二人とも同じシャンプーの匂いがしらっしゃることですとか、廊下で隊長の寝癖を副長が直してらしたことですとか・・・」
「シホ?!」
「ちょっ、シホちゃんっ!」
 イザークはもちろんだがディアッカさえもらしくもなくあっけにとられている様子にクスクスとシホは可笑しそうに笑う。
「冗談です。時折訊かれるのはお二人との会話の内容くらいですが、当たり障りのない話だけですから」
 やっぱり情報提供してるんだ、と呟いたディアッカにシホは悪びれもせずにっこりと笑う。
「間違った噂話が広がることを思えば建設的かと思いまして」
 しれっと言い切るシホにもはやイザークは何も言えなくなっていた。それにディアッカはボリボリと頭をかいた。
「それはまぁともかく、だ」
 そこで一度言葉を区切ると格下の副官が赤服のエースパイロットを向いてと確かめる。
「オレらの一番近くにいるのはシホちゃんだからね、来てくれるのは嬉しいよ」
 そうして話が収まったのを機にシホは隊長執務室を後にしようと敬礼をした。するとそこへディアッカが思い出したように声をかける。
「あ、服装は軍服じゃなくてドレスにしてね」
「え?」
「やっぱり女の子はかわいい方がいいでしょ」
 軍人の正装は軍服なのに、と思ったシホは思いついたことを訊いてみる。
「お二人は軍服じゃないんですか?」
 それに二人は視線を合わせて意味ありげに頷きあう。それでシホは自分が軍服で参列したら場違いなのだと悟った。
「わかりました。できる限り努力させていただきます」
 どうせ二人が主役の席だ。ましてやこの二人が晴れの日の正装などした日にはどんなトップモデルだって見劣りするに違いない。自分などが着飾ったところで枯れ木も山のなんとかというやつだろうが、望まれたのだから断る理由もなかった。
「それでは失礼します」
 敬礼をして部屋を出るとシホは大きなため息をついた。
「あーあ、本当に夫婦になっちゃうのね、あの二人」
 一緒の部屋に住むという話を聞かされたときにも思ったことだったけれど、やっぱり結婚するというのを改めて言われるとショックだった。
 あの二人は何があったって離れるわけがないというのはわかってはいるけれど。隊長に相応しい人が他にいるとは思えないけれど。あの副長なら隊長に何かあったら地球より遠いプラントからだって駆けつけてくるんだろうけれど。
 それでも結婚してるわけじゃないんだから、とどこかで思っていたのも本当だった。別に自分が隊長と結婚したいなんて思っていたわけじゃないけど、隊長はずっと昔のままで変わらないでいてくれると思っていた。
「変わっちゃうわけじゃないでしょうけど」
 本人たちが変わらなくても周りの人間としてはやっぱり変わったのだと思ってしまう。結婚というのは本人たち以上に周囲の認識の変化が一番大きいのだろうから。
「まさか、副長が異動なんてことにはならないわよね」
 職場結婚に関しての規則などなかったはずだったけれど、なんだか急に心配になってシホは自分のデスクに向かって早足で歩き出した。結婚は確かにショックだけれど、ジュール隊からディアッカ副長がいなくなってしまうことの方がシホにとっては大問題だった。
 隊長のことはもちろんだったけれど、ディアッカ副長のことも好きだったし、何よりあの二人が一緒にいる姿が好きなのだから。








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