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「視神経の機能に異常は見られません。心因性のものかと思われます」

 医者の診断はどこへ行っても同じだった。物は見えているのだ、という。ただそれを脳が感知していないとしか思えない。そういう説明が繰り返された。

「コーディネーターも人間だということか」
 何人目かの医者を訪ねた帰りにぽつりとイザークは言った。
「イザーク?」
「皮肉なものだな。医学が進めば進むほど人間の複雑さがあからさまになるんだからな」


 遺伝子を操作して人為的に改造を加えたコーディネーター。
 だがそんなコーディネーターの世界でも心はまだ未知のものだった。脳の研究が進んで記憶が操作できるようになっても、感情の作られるメカニズムはまだ解明できていなかったし、ましてやそれが人の機能に及ぼす影響は計り知れないものだった。人間が宇宙に住むようになってもうずいぶんと経つというのに、人はまだガラス細工のような心を抱えて生きているのだ。

「けどさ、心まで操作できるようになっちゃったら、それはもう人じゃないでしょ? 弱かったり強かったり喜んだり悲しんだりできるから人間なんだよ」
 ディアッカは慰めるように言ったがイザークはまっすぐに壁を向いたまま言った。
「じゃあ俺は人間以下か? 母上が亡くなっても涙すら出ないんだからな」
 イザークは冷たく言い放つつもりがディアッカにさえぎられる。
「十分人間だよ。あんた、苦しんでるじゃん」
 
 毎日毎日涙のない泣き声をディアッカは聞いていた。
 一人で寝たがるイザークを無理やりに抱きかかえたベッドの中、薬で無理やりに引き込まれた眠りの中でイザークは泣いていた。涙こそ流れなかったが声を殺して咽ぶような呼吸を繰り返し、指先が真っ白になるほど手を握り締めて。

「なぁ、宇宙(ソラ)に行かないか?」
 黙り込んだイザークにディアッカは提案した。
「宇宙に? ここはプラントだぞ。わざわざ出かけなくてもここがそもそも宇宙じゃないか」
「そうじゃなくて、宇宙空間に、だよ。シャトルで行ってみない?」
「行ったって俺には何も見えない」
「そんなの関係ないって。宇宙ってのは見るもんじゃなくて感じるものなんだから」





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