「見事だな」
 目に入ってきた桜の木々にイザークは軽く嘆息する。
「そうだね、ソメイヨシノだよ」
 日本贔屓のディアッカの影響を受けて、イザークも日本を起源とするものに関心を持つようになった。「風流」だとか「詫び寂」なんて言葉の意味もなんとなくわかるつもりだ。だがそんな小難しい言葉に関係なく「桜」は美しいと思う。
「あの木の下で昼メシを食べるっていうのはどうだ?」
 ディアッカが手にしている紙袋を見遣りながらイザークが提案する。
「いいね、最高」
 にっこりと笑うとディアッカは歩き出す。そして一番いい木の下に席を取ると、エスコートするようにイザークのために場所を整えて、シートを敷いた。
 
「そんなことしてたのかよ、ぜんぜん知らなかった」
 遅めのランチを取りながらイザークは種明かしをした。
 徹夜明けのディアッカを見て、シホに電話をいれたこと。シホが事情を知るとテイクアウトのランチセットとデザート一切の注文をしておいてくれたこと、家を出るときにイザークが洋服を用意したこと。
「でも何で?」
 忙しいのは今に始まったことじゃないし、それだってまだ終わったわけじゃないのだ。さも不思議そうな顔をしているディアッカに軽くため息をつきながらイザークは最後の種を明かす。
「お前の誕生日だろうが」
「・・・!」
 びっくり、心底驚いたという顔のディアッカにイザークは噴出した。
「なんだ、そのマヌケ顔は!」
「だって・・・すっかり忘れてた、そっかぁ、誕生日か、オレ・・・」
 ここのところ忙しすぎたのだ。日付の感覚は衰えることはないが、その日にどんな意味があるのかということからしたら、感覚は麻痺していたのかもしれない。
「だから、ほら」
 イザークが言って、デザートの入っている小さなボックスを開けてみせる。そこにあったのはシュークリームが二つ。その一つには控えめに「HAPPY BIRTHDAY」のプレートが載せてあった。
「ははは、これシホちゃんの仕業かよ」
 無理やりだなぁーと笑いつつディアッカは嬉しそうな顔をしている。
「じゃぁイザークからのプレゼントはないの?」
 聞かれてイザークは言葉に詰まった。忙しかったのはイザークだって同じだ。そんなものを用意している暇なんてなかった。第一、今日がディアッカの誕生日だということだって昨日思い出したくらいで、プレゼントらしいものなんてあるはずもない。
 黙ってしまったイザークにディアッカはさっそくシュークリームを頬張りながらニッコリと告げる。
「ま、イザークからのプレゼントはこの満開の桜、ってことだよな」
 見上げた二人の上には満開の淡いピンクの花が広がる。
「あ、そうだ!」
 突然ディアッカは声を上げた。
「なんだ?」
「お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
 イタズラっぽく笑うディアッカに嫌な予感がしながらもイザークは先を促す。
「内容によるな」
「膝枕とかってしてくれない?」
「ひ、膝まく、らだと?」
「うん」
 邪気なく言ってみせるディアッカだが、その顔は思いのほか真剣だ。
「だめ?」
「・・・・・・」
 長いこと黙り込んでようやくイザークは頷いてみせる。
「ここでだけだからな。誕生日なんだから、特別だぞ」
「わかってるよ」
 嬉しそうに目を細め、ディアッカは頷いた。幹を背に足を投げ出したイザークの傍に横になるとその太腿にディアッカは頭を乗せる。
「うわ・・・」


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